はじめに
司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、私が受験生時代に作成した刑法事例演習教材の解答例を公開しています。なかでも第49問以降は第3版で新たに加わった問題であり、最新の判例・学説動向を踏まえて刑法理論を整理する絶好の機会となります。
第49問「お金持ちのお年寄り」は、いわゆる振り込め詐欺型の事案を素材に、「掛け子」「受け子」「出し子」といった複数の関与者の行為が、どの時点で詐欺罪の実行行為と評価されるか、また誰の行為が「交付行為」に該当するかを精緻に検討することが求められます。
この解答例では、詐欺罪の実行着手の時期をどう画定するかという近時の争点や、錯誤・処分行為の主体の認定といった基本的な構造を確認しつつ、複数の共犯者の行為がどのように法的評価されるかを丁寧に整理しています。最新の問題意識を踏まえて答案構成力を高めたい方にとって、極めて有益な素材といえるでしょう。
刑法事例演習教材の解答例として、本記事が皆さんの司法試験対策に少しでも貢献できれば幸いです。ぜひ参考にしてください。
解答例
第1 甲の罪責
1 Aに電話した行為について詐欺未遂罪(250条、246条1項)が成立するか。
(1)第1の電話の時点で「実行に着手」(43条本文)したといえるか。第2の電話の時点でAは、既に甲が息子でないことを知るに至った。そのため、第2の電話の時点では財物移転の危険性が認められないとも思われるため問題となる。
未遂犯の処罰根拠は、既遂結果に至る客観的危険性を発生させる点にある。そのため、結果発生の現実的危険性が認められる時点に実行の着手を認めるべきである。
そこで、「実行に着手」は問題とされている行為が構成要件該当行為に密接し、既遂に至る客観的危険性が発生した時点で認められる。行為の危険性は、行為者の主観によって異なるから、犯人の計画を考慮して判断すべきである。
第1の電話において、甲はAに対し「のどにポリープができた」「明日病院で検査する」「電話番号が***に変わった」旨の嘘を言った。また、Aは、携帯から***にかけ直し、甲と話をしたところ、甲は「病院の帰りに家による」「ちょっと金を借りるかもしれないので銀行からおろしておいて」といった内容の嘘を言った。
たしかに、第1の電話は、財物の交付に向けられた嘘ではない。しかし、甲は、Aの息子に成りすましたうえ、医療事故を起こして急にお金が必要になったと信じさせて、現金を交付させる計画を立てている。そのため、計画上、電話の相手方が息子であると信じさせることが交付の判断の基礎となる重要な事項である。そして、財物の交付を求める行為に直接つながる嘘である。そのため、第1の電話は、第2の電話と密接に関連する行為といえる。そして、甲の求めに応じて家に遣わせた者に対して財物を交付させる危険を高める。
したがって、第1の電話の時点で「実行に着手」したといえる。
(2)甲は、上記事実を認識しているから、故意(38条1項本文)と不法領得の意思が認められる。
(3)よって、詐欺未遂罪(250条、246条1項)が成立する。
2 Bに電話し、「お宅の息子が医療ミスを犯しました。何もなかったことにしたければ500万円を今から指示する場所に送ってください」と申し向けた行為について詐欺未遂罪(250条、243条)が成立するか。
(1)「欺いて」とは、財物の交付に向けて人を錯誤に陥らせることをいい、その内容は、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることである。
甲は、乙の病院の関係者であることを装って、医療ミスを犯し、何もなかったことにしたければ500万円を送ってくださいという虚偽の事実を述べている。息子が500万円を求めていないと知っていれば、Bは500万円を送付しようとは考えないから、息子のために500万円が必要であることは、交付の判断の基礎となる重要な事項である。
したがって、「欺いて」にあたる。
(2)甲は、上記事実を認識しているから、故意(38条1項本文)と不法領得の意思が認められる。
(3)よって、詐欺未遂罪(250条、243条)が成立する。
3 Cに電話し、「金融庁の者ですが、あなたの口座から不正出金がされるおそれがありますので、キャッシュカードを封印しなければなりません。今から職員が訪ねますので、カードを渡してください」と告げた行為について詐欺未遂罪(250条、246条1項)が成立するか。
(1)「財物」とは、経済的価値を有する有体物をいうところ、キャッシュカードはそれ自体の価値はないが、暗証番号と合わさることによって預金の払い戻しを受ける地位を得られるから、経済的価値を有し、「財物」にあたる。
(2)「欺いて」にあたるかは、2(2)の基準で判断する。
甲の計画は、「甲が『糊と印鑑をとってきてください』と申し向け、Cがこれらを探すために玄関を立ち去った際に、持参したプラスチック板とキャッシュカードをすり替え、キャッシュカードを持参した鞄の中に滑り込ませる」というものである。この段階に持ち込めるとした場合、「糊と印鑑をとってきてください」と申し向けることは、財物の交付に向けられたといえるか。
交付行為とは、相手方の錯誤に基づいて財物の占有・利益を移転させることをいう。詐欺罪の本質は、被害者の意思に基づいて財物や利益が移転する点にあるところ、被害者が移転の外形的な事実について認識があれば、被害者の意思に基づくから、窃盗罪と区別できる。
そのため、移転する財物や利益の量や質を認識している必要はなく、移転の外形的な事実の認識があり、被害者の行為によって財物が欺罔行為者に直接的に移転したといえるときに交付行為が認められる。
Aは、キャッシュカードの占有を移転させることを認識していない。そして、甲が持参したプラスチックカードとキャッシュカードをすり替えるのは、玄関であり、Aの占有が及んでいる状態である。そのため、Aの行為によってキャッシュカードの占有が甲に移転するわけではない。したがって、「交付させた」とはいえないから、詐欺未遂罪は成立しない。
(3)甲には、窃盗未遂罪(243条、235条)が成立するか。
電話の時点で「実行に着手」(43条本文)したといえるかは、第1の1(1)の基準で判断する。
甲が電話で「今から職員が訪ねますので、カードを渡してください」などと告げたことは、甲がC宅を訪れることによって、すり替え行為を容易かつ確実に行うために不可欠である。そして、Cがこれを信じたことによって、特段の障害がない限り、キャッシュカードの占有を取得することができる。さらに、甲は、電話の直後にC宅に向かうことから、時間的に近接した一体の行為といえる。したがって、甲の電話は、その時点で占有移転の客観的危険性があり。すり替え行為と密接に関連するから、「実行に着手」したといえる。
(4)甲は、上記事実を認識しているから、故意(38条1項本文)と不法領得の意思が認められる。
(5)よって、窃盗未遂罪(243条、235条)が成立する。
4 甲には、2つの詐欺未遂罪と窃盗未遂罪が成立し、これらは別人に対して行われているから、併合罪(45条前段)となる。
第2 乙の罪責
1 甲の指示するアパートで待機し、Bから新聞紙が包装されたゆうパックを受領した行為について詐欺未遂罪の共同正犯(60条、246条1項)が成立するか。
(1)共同正犯が認められる根拠は、他人の行為を利用して、結果発生に心理的・物理的因果性を及ぼす点にある。そこで、共謀、正犯性、共謀に基づく実行行為が認められるときに共同正犯が成立する。犯罪の共同遂行に関する合意をいい、犯罪の中核部分に意思連絡があればよい。
ア 共謀とは、犯罪の共同遂行に関する合意をいい、犯罪の中核部分に意思連絡があればよい。甲は、受け子として詐取品の受け取りであることを告げたうえ、指定の住所たるアパートに待機し、Bからの荷物を受領するように依頼すると、乙はこれを引き受けた。そのため、荷物の受領についての意思連絡があるから、共謀が成立する。
イ 乙は、1回3万円の報酬ほしさに引き受けているから、犯行の動機がある。そして、実行行為の一部である受領行為を行うから、重要な役割を担っている。そのため、乙には正犯性が認められる。
ウ 受け子は、電話をかける行為には関与していないから、受領行為と財物移転との間に因果性はない。そのため、共同正犯は成立しないとも思われる。
もっとも、詐欺罪においては、財物の処分を受けるために、欺罔行為と受領行為が一体のものとして予定されているから、両行為は切り離すことができない関係にある。そのため、受け子は、一体的な実行行為の一部である受領行為に関与した以上、結果発生に因果性を有する[1]。
(2)騙されたふり作戦が開始されたから、結果発生の危険性はないとも思われる。しかし、後行者の行為も先行者の行為と一体の行為として実行行為となる以上、騙された振り作戦の開始にかかわらず、結果発生の危険性がある行為といえる。
2 よって、乙の行為には詐欺罪の共同正犯(60条、246条1項)が成立し、罪責を負う。
参考判例
[1] 最決平成29・12・11刑集71巻10号535頁。
コメント