はじめに
司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、私が受験生時代に作成した刑法事例演習教材の解答例を公開しています。複雑な事例を通じて、刑法の理論的理解と答案構成の力を養っていただくことを目的としています。
第48問「父と子の逃避行」では、親である甲が実子Bを連れ出した行為に対して、未成年者誘拐罪が成立し得るかが中心的な論点となります。さらに、報酬目的で関与した乙の行為に対する営利目的誘拐罪の成否、共謀関係にあった丙の途中離脱による共同正犯関係の解消、そして祖母である丁の関与に対する正犯性の認定など、事実評価と法的構成が密接に絡む多面的な検討が必要です。
この解答例では、親権・監護権と違法性阻却の関係や、加減的身分犯における共犯の成立要件、共同正犯関係の離脱と解消の基準など、理論的な観点から丁寧に整理を行っています。未成年者誘拐罪の適用範囲や共犯論の応用を学ぶうえで、非常に重要な素材となるでしょう。
刑法事例演習教材の解答例として、本記事が皆さんの学習と司法試験対策に少しでも貢献できれば幸いです。ぜひ参考にしてみてください。
解答例
第1 乙の罪責
1 Bのクラス担任であるCを呼び出しもらい、虚偽の事実を述べてBの引渡しを求めた行為について営利目的誘拐罪(225条)が成立するか。
(1)「営利目的」とは、拐取行為により自ら財産上の利益を得る目的をいう。乙は、成功報酬として甲から50万円をもらう目的を有しているから、「営利目的」にあたる[1]。
(2)「誘拐」とは、欺罔または誘惑を手段として被拐取者及び監護権者の自由を奪うことをいう。乙は、Bの叔父であると名乗った上で「Bのお祖父さんが危篤なのですぐに連れて行きたい。Aに頼まれた。」などと虚偽の事実を述べてBの引渡しを求めた。Cは、乙の話を信じて、Bを乙に引き渡した。そのため、欺罔を手段として、Bの自由を奪っているから、「誘拐」にあたる。
2 よって、乙の行為には営利目的誘拐罪(225条)が成立し、罪責を負う。
第2 丙の罪責
1 乙の誘拐行為について丙に営利目的誘拐罪の共同正犯(60条、235条)が成立するか。
(1)甲は、乙と丙に対し、「Bが通っている小学校に行ってBを連れ出して来てくれ。」と依頼し、乙と丙は、これを承諾した。そのため、甲、乙及び丙の間にBを連れ出すことについての意思連絡があるから、共謀が認められる。
丙は、世話になっている甲の依頼であり、また、金に困っていたことから、依頼を受けている。そして、成功すれば謝礼で50万円を受け取ることができる。そのため、犯行の動機がある。したがって、正犯性が認められる。
乙は、共謀に基づいてBを連れ出しているから、共謀に基づく実行行為が認められる。
(2)もっとも、丙は離脱しているから、共同正犯関係の解消が認められるか。
共同正犯が認められる根拠は、他人の行為を利用して、結果発生に心理的・物理的因果性を及ぼす点にある。そこで、離脱前の行為による心理的・物理的因果性が除去されたときに共同正犯関係の解消が認められる。
丙は、乙に対し、「バレたらやばいから止めよう」と言い、乙の説得に応じることなく「お前一人で勝手にやれ。俺は関係ないからな」と言って、乙を車から降ろして、そのまま車を運転して立ち去ってしまった。この時点では、誘拐に着手していないから、丙の共謀に対する心理的因果性は小さい。そして、車に乗って帰っていることから、乙は、徒歩で犯行に及ばざるを得ない。そのため、物理的因果性も除去されている。
したがって、共同正犯関係の解消が認められる。
(3)よって、丙には、営利目的誘拐罪の共同正犯は成立しない。
2 丙は、何ら罪責を負わない。
第3 甲の罪責
1 乙の誘拐行為について営利目的誘拐罪の共同正犯(60条、225条)が成立するか。
(1)乙は、第2の1(1)の共謀に基づいてBの連れ出しを行っているから、共謀に基づく実行行為が認められる。そのため、共同正犯が成立する。
(2)営利目的誘拐罪は、「営利目的」を加減的身分とする身分犯であるから、甲には65条1項によって、未成年者誘拐罪の共同正犯が成立する。
(3)甲は、法令行為(35条)として違法性が阻却されるか。
違法性は、社会的に相当でない行為をいうから、必要性を考慮して、社会的に受忍される相当の限度を超える限り違法性が認められる[2]。
本件当時、Bに対する甲の親権ないし監護権について、これを制約するような法的処分は行われていなかった。そのため、甲は、親権ないし監護権の行使として、Bの連れ出しを行っている(818条1項、820条)。
たしかに、Bは、何でも欲しい物を買ってくれる甲に懐いていたので久しぶりに甲に会えることを喜んだ。そのため、11月22日の時点では、被拐取者Bの自由を奪っていないとも思われる。しかし、Bは、約2か月間にわたってAの実家で暮らしていたから、Aの実家での生活環境を害する。また、甲が逮捕された12月5日の時点で、Bは内心では、Aの家に戻って、小学校に通いたいと思っていたが、甲が怖くて言い出せないでいた。そのため、Bの教育を受ける権利を侵害している。そして、Bの親権者であり、監護権(民法820条)を有するAの自由を奪っている。そうすると、Bを連れ出すことは社会的に不相当といえるから、法令行為として違法性阻却することはできない。
2 よって、甲には未成年者誘拐罪(224条)が成立し、罪責を負う。
第4 丁の罪責
1 「沖縄の別荘に行って、しばらく隠れていなさい」と言った行為について未成年者略取罪の共同正犯(60条、224条)が成立するか。
(1)拐取罪の保護法益は、被拐取者と監護権者の自由であるから、B及びAの自由が侵害されている以上、Bを連れ出した以降にもBの身体の自由を制約しているから、「誘拐」にあたる。
(2)丁に共同正犯が成立するか。
ア 甲は、丁に対し、電話で「小学校の先生を騙してBを小学校から連れ出した。」と事情を打ち明けて、今後のことを相談したところ、「沖縄の別荘に行って、しばらく隠れていなさい」と言った。そのため、Bを沖縄に隠すことについての意思連絡があるから、共謀が認められる。
イ 丁は、BがAの下で平穏に暮らしていることは認識していたが、唯一の孫であるBが将来甲家の跡取りになることを強く望んでいた。そのため、犯行の動機がある。そして、今後の行動についてアドバイスをしているから、重要な役割を担っている。したがって、丁には正犯性が認められる。
ウ 甲は、丁のアドバイスに従って、沖縄に向かっているから、共謀に基づく実行行為が認められる。
エ したがって、共同正犯が成立する。
2 よって、丁には未成年者誘拐罪の共同正犯(60条、224条)が成立し、罪責を負う。
参考判例
[1] 最決昭和37・11・21刑集16巻11号1570頁。
[2] 最決平成17・12・6刑集59巻10号1901頁。
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