はじめに
司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、私が受験生時代に作成した刑法事例演習教材の解答例を公開しています。論点の構造とあてはめの手順を具体的に確認できる資料としてご活用ください。
第46問「夜の帝王」では、財物の取得とその後の暴行・脅迫の関係に注目し、2項強盗および2項詐欺の成否を中心に検討する必要があります。これらの罪は、初めに詐欺・窃盗などの不正取得が行われ、その後の暴行等によって強盗と同様の法益侵害が生じた場合に成立し得るものであり、暴行・脅迫のタイミングや目的、被害者の反応など事実認定の微妙な差が結論に大きな影響を与えます。
加えて、死者の占有や事後強盗といった論点も付随的に生じ、財産犯の体系的理解が問われる複合的な事案となっています。
本解答例では、2項強盗および2項詐欺の構成要件を丁寧に検討した上で、その他の関係論点についても論理的に整理しています。複数の犯罪成立要件を的確に仕分け、整合的な評価を行う力を養うために、ぜひご活用ください。
刑法事例演習教材の解答例として、本記事が皆さんの司法試験対策に少しでも役立つことを願っています。
解答例
第1 甲の罪責
1 両親の自宅(自らの実家)に合鍵を使って入った行為について住居侵入罪(130条前段)が成立するか。
「侵入」とは、管理権者の合理的意思に反する立ち入りをいうところ、甲は、実家に立ち入っているが、長く別居しており、甲は住居の管理権者にあたらない。そして、両親を殺害する目的を有しており、管理権者たる両親の合理的意思に反する。
よって、住居侵入罪(130条前段)が成立する。
2 両親を金属バットで殴りつけた行為について強盗殺人罪(240条後段)が成立するか。
(1)強盗殺人罪が成立するためには、「強盗」である必要があるところ、上記行為は2項強盗罪(236条2項)に当たるかが問題となる。
2項強盗は、暴行又は脅迫によって、財物の奪取に匹敵するような財産上不法の利益を得る犯罪である。そこで、「財産上不法の利益」とは、財物の強取と同視できる具体的・直接的な利益であることを要する。
甲は、資産家夫婦の一人っ子で、両親が死亡すれば、B市の高級住宅街にある土地建物や金融資産などをすべて単独で相続できる見込みであった。しかし、甲がこれらの相続財産を得るのは、相続という法制度とそれに基づく手続の結果であり、殺害により被害者の抵抗を排除することの直接の効果ではない。そのため、甲の両親の相続財産は、「財産上不法の利益」にあたらない。
したがって、「強盗」にあたらないから、強盗殺人罪は成立しない。
(2)甲は、殺意(38条1項本文)をもって、枢要部である頭部を攻撃力が高い金属バットで殴るという、人の生命に対して危険な行為をしているから、殺人罪(199条)が成立する。
3 Cから暗証番号を聞き出した行為について2項詐欺罪(246条2項)が成立するか。
(1)キャッシュカードの暗証番号が「財産上不法の利益」にあたるか。
暗証番号自体には利益性はないが、キャッシュカードを占有していれば、ATMにキャッシュカードを挿入し暗証番号を入力することにより迅速かつ確実に当該預金口座から預金の払戻しを受けることができる。したがって、暗証番号を入手することは、預金口座から預金の払戻しを受ける地位という具体的・直接的な利益を取得したといえる[1]。したがって、「財産上不法の利益」にあたる。
(2)「欺いて」とは、財産上の利益の処分に向けて人を錯誤に陥らせることをいい、その内容は、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることである。
甲は、Cに対し、母Eの声音を装って、「カードの暗証番号何番やったかな」と申し向けたから、自己がEであることを偽ったといえる。甲の両親は旅行担当者としてC名義の口座を利用して積立金管理を行っていたから、Cにとっては電話の相手方がEであることに関心を持っており、電話相手方がEではないとすれば、暗証番号を教えなかったといえる。そのため、電話の相手方がEではないことは重要な事項といえるから、「欺いて」にあたる。
Cは、電話機に甲の両親宅からかかってきた電話である旨の表示がなされており、声音も普段から行き来のあるEのものだったことから安心して暗証番号を伝えた。そのため、Cは、甲をEであると誤信して、暗証番号を伝えたことにより、預金の払戻しを受ける地位を得たから、「利益を得」たといえる。
(3)甲は、上記事実を認識しているから、故意(38条1項本文)がある。そして、これを頂いておこうと考えているから、不法領得の意思が認められる。
(4)よって、2項詐欺罪(246条2項)が成立する。
4 キャッシュカードを含む携帯可能な金目のものを身につけて玄関先に出た行為について、窃盗罪(235条)が成立するか。
(1)「他人の物」とは、他人の占有する物をいい、占有とは、財物に対する事実的支配をいうところ、死者には占有意思がないので事実的支配が及ばない。もっとも、生前の占有が保護されないか。いわゆる死者の占有が問題となる。
人を殺した後に初めて財物奪取の意思を生じて被害者の財物を領得したときは、財物奪取が死亡後かどうか、行為者の故意があったかを特定するのが困難である。
そこで、殺害した犯人の奪取行為であり、かつ、殺害行為と財物奪取行為の近接性、被害者の客観的占有状況を考慮して、生前の被害者の占有を保護すべきときに占有が認められる[2]。
甲は、甲の両親の家の中で殺害行為を行っており、直後に財物を持ち出しているから、甲の両親の占有は保護に値する。したがって、いわゆる死者の占有が認められる。
(2)「窃取」とは、占有者の意思に反して自己に占有を移転させることをいうところ、玄関先に出た時点で財物の占有が甲に移転したといえから、「窃取」にあたる。
(3)甲は、上記事実を認識しているから故意(38条1項本文)があり、不法領得の意思が認められる。
(4)よって、窃盗罪(235条)が成立する。
5 Fにこぶし大の石を投げつけた行為について強盗致傷罪(240条前段)が成立するか。
(1)甲は、「強盗」といえるか。事後強盗罪(238条)の成否が問題となる。
ア 4で述べた通り、甲は、「窃盗」を行っている。
イ 甲は、「逮捕を免れる」目的を有している。
ウ 事後強盗罪を「強盗として論じる」ためには、強盗と同視できる必要があるから、「暴行」は、反抗抑圧に足りる程度の有形力の行使をいう。心理的・物理的に財物の奪取行為に対する抵抗ができなくなったと客観的に認められるときには、反抗抑圧に足りる程度といえる。
甲は、こぶし大の石を顔面に投げているから、不法な有形力の行使にあたる。この石はかなり大きいから、人の枢要部に投げることにより、相手方に重傷を負わせる危険があり、心理的・物理的に抵抗をできなくさせる。そのため、犯行抑圧に足りる暴行である。
エ 両親の玄関先を出たところで上記行為を行なっているから、窃盗の機会に行われた暴行といえる。
オ よって、事後強盗罪(238条)が成立するから、「強盗」にあたる。
(2)Fは重傷を負っているから「負傷」にあたる。
(3)Fの負傷は、強盗の際の暴行行為から発生しており、強盗の機会に行われた暴行といえる。
(4)よって、強盗致傷罪(240条前段)が成立する。
6 上記行為について、メガネを粉々にしているから、器物損壊罪(261条)が成立する。
7 以上より、①住居侵入罪、②殺人罪、③2項詐欺罪、④窃盗罪、⑤強盗致傷罪、⑥器物損壊罪が成立する。
④は⑤に吸収され、また、⑥は⑤の従たる法益侵害であるから、包括一罪となる。①と②は、手段と結果の関係にあるから牽連犯(54条1項後段)となる。これらは併合罪(45条前段)となる。
第2 乙の罪責
1 甲女に両親を殺すように申し向けた行為について、殺人罪の教唆犯(61条1項、199条)が成立する。
2 産業廃棄物処理会社社長のHに、甲女の殺害と死体処理を依頼した行為について2項強盗殺人罪の共同正犯(60条、236条2項)が成立するか。
(1)Aの経営上の権益は「財産上不法の利益」にあたるか。第1の2(1)の基準で判断する。
経営上の権益は、将来の売り上げに対する期待権であって、その利益の内容は抽象的なものにとどまる。また、Aでは、甲による後継指名も行われておらず、甲に万が一のことがあった場合の選任に関する申し合わせ等も存在していなかった。そこで、甲の死が明らかになった後にAの経営を誰に委ねるかについての、従業員・ホステスによる話し合いが行われ、その結果、乙が選出され、乙はAの実質的経営者として、同店の経営上の権益を自らものとすることとなった。そのため、所定の手続を経て経営者に選任され、経営上の権益を得ているから、暴行から直接的に得られた利益ではない。したがって、「財産上不法の利益」にあたらない[3]。
(2)よって、強盗殺人罪は成立しない。
3 殺人罪及び死体遺棄罪の共同正犯(60条、199条、190条)が成立するか。
(1)共同正犯が認められる根拠は、他人の行為を利用して、結果発生に心理的・物理的因果性を及ぼす点にある。そこで、共謀、正犯性、共謀に基づく実行行為が認められるときに共同正犯が成立する。
ア 共謀とは、犯罪の共同遂行に関する合意をいい、犯罪の中核部分に意思連絡があればよい。乙がHに、甲の殺害と死体処理を依頼したところ、Hは快諾している。そのため、意思連絡があるから、共謀が認められる。
イ 乙は、甲を殺害することによってAの経営権を奪い取ろうと考えるに至って、依頼している。そのため、動機があるから、正犯性が認められる。
ウ Hは、共謀に基づき甲を人里離れた山の中に連れて行って殺害し、上から産業廃棄物をかけた。共謀に基づく実行行為が認められる。
(2)Hの行為は、殺人罪と死体遺棄罪の構成要件にあたる。
(3)よって、殺人罪及び死体遺棄罪の共同正犯(60条、199条、190条)が成立する。
4 乙には、①甲の両親に対する殺人罪の教唆犯、②甲に対する殺人罪の共同正犯、③死体遺棄罪の共同正犯が成立する。
②と③は、Hに依頼するという「1個の行為」であるから、観念的競合(54条1項後段)であり、これと①は併合罪(45条前段)となる。
参考判例
[1] 東京高判平成21・11・16判時2103号158頁。
[2] 最判昭和41・4・8刑集20巻4号207頁。
[3] 神戸地判平成17・4・26判時1904号152頁。
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