はじめに
司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、私が受験生時代に作成した刑法事例演習教材の解答例を公開しています。多くの論点を含む事例問題を通じて、刑法の知識を体系的に整理し、答案作成力を高めることを目指しています。
第42問「改ざんされた試験結果・その2」は、第29問と同様に改ざん事案を扱っていますが、ここでは有印私文書偽造罪や収賄罪の成否をはじめ、複数の犯罪類型の成立を総合的に検討する必要があります。公務員の職務関連行為、金銭の受領、書類の改ざんなどの行為が、それぞれどの犯罪に該当するのかを慎重に見極める力が求められます。
この解答例では、各犯罪の構成要件該当性を個別に分析しつつ、複数の犯罪が重なる場合の評価や罪数関係にも配慮した構成としています。多論点型事案に取り組む際の整理の仕方や論述の順序をつかむうえで、ぜひ参考にしてください。
刑法事例演習教材の解答例として、本記事が皆さんの学習に少しでも役立つことを願っています。
解答例
第1 丁の罪責
1 平成31年1月の試験当日、C高校の入学試験でマークシート式になっている答案用紙の受験番号欄に数字で受験番号を、受験者氏名欄に数字で乙の受験番号を、受験者氏名欄に漢字とカタカナで乙の氏名を記入した行為について有印私文書偽造罪(159条1項)が成立するか。
(1)「事実証明に関する文書」とは、社会生活に交渉を有する事項を証明するに足りる文書をいう[1]。
入学試験の答案は、それ自体で志願者の学力が明らかになるものではないが、それが採点されて、その結果が志願者の学力を示す資料となり、これを基に合否の判定が行われ、合格の判定を受けた志願者が入学を許可されるのであるから、志願者の学力の証明に関するものであって、社会生活に交渉を有する事項を証明する文書といえる。
したがって、「事実証明に関する文書」といえる。
(2)「偽造」とは、作成名義人と作成者の人格の同一性を偽ることをいう。
本件では、甲が、乙と相談してその同意を得た上、丁が乙のふりをして入学試験を受けることを丁に頼んでみた。そのため、作成名義人である乙の承諾があったといえる。そのため、作成名義人と作成者の人格は同一であるとも思われる。しかし、入学試験答案は、受験者自身によって作成されるところに意味があり、答案に本人自身の能力が示されるところに証明力が生じる根拠であることから、文書の内容についての法的効果を現実の作成者以外に帰属させることがおよそ予定されていない文書であり、乙が同意しても乙はその文書から生じる法的効果を引き受けることはできない[2]。
したがって、作成名義人は乙であるから、作成者丁は、乙の人格の同一性を偽ったといえ、「偽造」にあたる。
(3)丁は、名義人乙の氏名を記載しているから「他人の・・・署名を使用」したといえる。
(4)丁には、「行使の目的」が認められる。
(5)よって、有印私文書偽造罪(159条1項)が成立する。
2 4教科の試験において、合計4枚のマークシートを高校側に提出した行為について有印私文書行使罪(161条1項)が成立する。
3 丁には、有印私文書偽造罪と有印私文書行使罪が成立し、両罪は手段と結果の関係にあるから、牽連犯となる(54条1項後段)。
第2 乙の罪責
1 丁に乙のふりをして入学試験を受けるよう頼んだ行為について有印私文書偽造罪及び有印私文書行使罪の共同正犯(60条、159条1項、161条1項)が成立するか。
(1)共同正犯が認められる根拠は、他人の行為を利用して、結果発生に心理的・物理的因果性を及ぼす点にある。そこで、共謀、正犯性、共謀に基づく実行行為が認められるときに共同正犯が成立する。
ア 共謀とは、犯罪の共同遂行に関する合意をいう。犯罪の中核部分に意思連絡があればよい。甲が、乙と相談してその同意を得た上、丁が乙のふりをして入学試験を受けることを丁に頼んでみた。丁は即座にこれを引受けたから、丁が乙に替わって受験することについて、甲、乙及び丁との間に意思連絡が存在する。
したがって、共謀が認められる。
イ 乙は、C高校への入学を希望しているから、動機があり、丁の答案が合格点に達することによって、乙はC高校へ入学できるから、乙には利益の帰属が認められる。したがって、正犯性が認められる。
ウ 丁は、共謀に基づき入試問題を解いているから、共謀に基づく実行行為が認められる。
(2)よって、乙には有印私文書偽造罪及び偽造有印文書行使罪の共同正犯が成立する(60条、159条1項、161条1項)が成立する。
2 入学試験当日の午後7時頃、乙の名前が記入された答案を取り出し、解答用紙合計4枚につき、消しゴムで原記載を消去した上で、鉛筆で正しいところにマークし直した行為について有印私文書偽造罪(159条1項)が成立するか。
(1)乙の名前が記入された答案は、「事実証明に関する文書」にあたる。
(2)答案を書き換えた行為は「偽造」か「変造」か。
「変造」とは、既存の真正な文書の非本質部分に変更を加えることをいうところ、入試の答案は、試験時間内に回答したものを採点し、合否を決めるから、試験時間外にマークをし直すことは、本質を変更したといえるため、「変造」にあたらない。
そうすると、試験時間外に乙が答案のマークをし直すことは、試験時間内に答案を作成した乙との人格の同一性を偽ったといえ、「偽造」にあたる。
(3)「他人の…署名を使用」したといえるし、これを真正な文書として丙などの閲覧に供するつもりであったのだから、「行使の目的」も認められる。
(4)よって、有印私文書偽造罪(159条1項)が成立する。
3 偽造した入試答案を実際に保管ケースに戻し、金庫にしまっているから、「行使した」といえ、偽造有印文書行使罪(161条1項)が成立する。
4 C高校は公立高校であって、その入試業務で使用される答案は「公務所の用に供する文書」であるから、鉛筆で正しいところにマークし直した行為について、公用文書毀棄罪(258条が成立する。
5 乙には、①有印私文書偽造罪の共同正犯、②有印私文書偽造罪、③偽造有印文書行使罪、④公用文書毀棄罪が成立する。①と②は、同一の答案に対して行われているから、包括一罪となる。②と③は、手段と結果の関係にあるから、牽連犯(54条1項後段)となる。②と④は「1個の行為」であるから、観念的競合(54条1項前段)となる。
第3 甲の罪責
1 丁に乙のふりをして入学試験を受けるよう頼んだ行為について有印私文書偽造罪と有印私文書行使罪の共同正犯(60条、159条1項、161条1項)が成立するか。
(1)共同正犯が成立するかは、第2の1(1)の基準で判断する。
ア 第2の1(1)アのとおり、丁が乙に替わって受験することについて共謀が成立する。
イ 甲は、C高等学校の校長であり、何とか乙をC高校に入れてやりたいと思っていた。そして、乙を試験に合格させるため、替え玉受験の方法を考えつき、丁に頼んでいる。そのため、甲は、替え玉受験を積極的に行わせているから、共謀への関与の程度が大きい。したがって、正犯性が認められる。
ウ 第2の1(1)ウのとおり、共謀に基づく実行行為が認められる。
(2)よって、有印私文書偽造罪及び偽造有印文書行使罪の共同正犯が成立する(60条、159条1項、161条1項)。
2 試験終了後に校長室で、解答用紙の内容を書き換えた行為について有印私文書偽造罪、同行使罪、及び公用文書毀棄罪が成立する。
3 後述のように丙には加重収賄罪(197条の3第1項)が成立し、これに対応して贈賄罪(198条)が成立する。
3 甲には以上の罪が成立し、罪責を負う。
第4 丙の罪責
1 甲に対し、もし自分を教頭に推薦してくれるなら、教育委員会への報告書の執筆に当たり、不正の事実には触れず、すべて適切に行われたと書いてもいいが、と語気強く申し述べた行為について加重収賄罪(197条の3第1項)が成立するか。
(1)丙は、A県立C高校の教員であるから、「公務員」(7条1項)である。
(2)「賄賂」とは、公務員の職務行為の対価として授受等される不正の利益をいい、財物に限られず、また有形・無形を問わず、人の需要・要望を満たすに足りる一切の利益を含む。
教頭になることは、丙の欲望を満たす利益であるから、甲が、丙を次期教頭として強く推薦する文書を作成・送付したことは「賄賂」にあたる。
甲は、A県教育委員会宛ての、丙を次期教頭として強く推薦する文書を作成・送付し、これと引き換えに不正の事実を内密にしておくこと、そして防犯カメラのデータの消去を可能にすることを丙に頼んだ。そのため、丙は、「賄賂を収受」したといえる。
(3)「職務」とは、公務員がその地位に伴い公務として取り扱うべき一切の執務をいう。
丙は、入試の事務長であり、各県立高校が県教育委員会から提出を求められている、入試が適正に行われたことを報告する文書を作成する権限を有する。そのため、丙が報告書を作成することは、具体的職務の範囲内であるから、「職務に関し」賄賂を収受したといえる。
(4)丙は、教育委員会には平成31年度入試が適正に行われたことを内容とする報告書を提出したから、「よって不正な行為を」したといえる。
(5)よって、加重収賄罪(197条の3第1項)が成立する。
2 丙が甲の偽造の事実を知ったにもかかわらず、これを見逃し報告書に虚偽の記載をした行為は、犯人の発見・逮捕を免れさせる一切の行為といえるから、「隠避」にあたり、犯人隠避罪(103条)が成立する。
3 防犯カメラについてその本体を甲に渡した行為について証拠隠滅罪(104条)が成立する。
4 丙には、加重収賄罪、犯人隠避罪、証拠隠滅罪が成立し、これらの行為は別個の行為であるから、併合罪(45条前段)となる。
参考判例
[1] 最決昭和33・9・16刑集12巻13号3031頁。
[2] 東京高判平成5・4・5高刑集46巻2号35頁。
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