はじめに
司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
このサイトでは、井田良ほか編著『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、私が受験生時代に作成した答案例を公開しています。
今回は、第3問「ヒモ生活の果てに」です。不作為犯がテーマです。この事例では、「作為義務の根拠をどこに見出すか」がポイントとなり、多くの受験生にとって悩みの種となる場面が含まれています。
私自身も受験生の頃、このテーマで答案をまとめるのに苦労した経験があります。しかし、解説を丁寧に読み解きながら、自ら答案を作成する中で次第に理解を深めることができました。本サイトでは、そうして作成した答案例を公開し、皆さんが具体的な答案のイメージを持てるようお手伝いしたいと考えています。
今回の答案例も、参考にしていただければ幸いです。司法試験合格に向けた学習にぜひお役立てください!
答案例
第1 甲の罪責
1 令和元年12月20日午後11時15分ころ、Bの頭部右側を手拳あるいは裏拳で断続的に5回にわたり殴打した行為について傷害致死罪(205条)が成立するか。
(1)「傷害」とは、人の生理的機能を侵害する行為をいう。頭部に対する殴打行為は、生理的機能を侵害する危険が高い行為であって、Bは、意識を失い、硬膜下出血、くも膜下出血等の傷害を負っているから、「傷害」にあたる。
(2)Bは、「死亡」しているが、甲の行為と結果との間に因果関係は認められるか。
因果関係は、偶然的結果を排除して適正な帰責範囲を確定する法的判断である。実行行為は、結果発生の現実的危険性を有する行為であるから、その危険が結果に実現した場合に限り結果の帰責が正当化される。
そこで、客観的に存在する全ての事情を基礎として、行為の危険が結果に実現化したといえるときに認められる。
Bは、4歳の子供であるから、体が十分に発達しているとはいえない。このようなBに対して人の枢要部である頭部を5回も殴打することは、生命に対する危険が大きい。Bは、上記傷害に伴う脳機能障害によって死亡しているから、甲の殴打行為が死亡結果に対して決定的な影響を与えたといえる。行為に、後述する自らの不作為が介在しているが、不作為が死亡結果に与える影響は作為に比べると小さいから、甲の殴打行為の危険が死亡結果に現実化したといえる。
したがって、因果関係は認められる。
(3)甲は上記の殴打行為を認識しているから、故意(38条1項本文)が認められる。
(4)よって、傷害致死罪(205条)が成立する。
2 Bを病院に連れて行くことを拒んだ行為について殺人罪(199条)が成立するか(199条)。
(1)甲の行為は不作為であるところ、不作為に実行行為が認められるか。
実行行為とは、結果発生の現実的危険性を有する行為をいうところ、不作為にも危険性は観念できる。もっとも、殺人罪は不真正不作為犯であるため、自由保障の観点から、不作為の実行行為が成立する範囲を限定すべきである。
そこで、作為の実行行為と同視できるときに限り、不作為の実行行為を認めるべきである。そして、作為義務、作為可能性・容易性が認められるときに作為と同視できる。
作為義務は、法令、契約、事務管理、条理、慣習などがあり、結果発生の危険を排他的に支配しているときに認められる。
ア 甲は、Aの母親であり、親権を有する(民法818条1項、3項ただし書き)から、甲には、Aの監護義務が認められる(民法820条)。Bは、1の甲の殴打行為によって、悲鳴を上げて意識を失った。そのため、甲が、Bの生命の危険を作出したといえる。令和元年6月22日以降、乙、甲およびBが共同生活を行っているから、同年12月20日の時点で、Bを病院に連れてていくことができるのは、甲と乙のみである。そして、後述する通り、甲と乙の間にはBを病院に連れて行かないことについて共謀が成立するから、甲と乙がBの生命の危険を排他的に支配している。したがって、甲には作為義務が認められる。
イ 治療設備の整った総合病院が甲および乙の住居から車で10分程度の場所にあって、乙の車でBを連れていくか、救急車を呼んでBを運べば、すぐに治療が可能な状況にあった。そのため、甲の作為義務の内容は、救急車を呼ぶことであり、作為は可能かつ容易である。
ウ それにもかかわらず、甲は、Bを病院に連れて行きことを拒んだから、作為義務を怠ったといえ、実行行為が認められる。
(2)不作為の場合は、結果回避可能性が認められるときに条件関係が認められる。そして、結果回避が合理的な疑いを超える程度に確実であったことを要する。
Bが傷害を受けた時点ですぐに病院に連れて行って治療を受けさせていれば、Bの救命は確実であった。そのため、甲が救急車を呼んでいれば、結果回避は合理的な疑いを超える程度に確実であったといえ、甲の不作為と死亡結果との間の因果関係が認められる。
(3)保護責任者遺棄致死傷罪は、217条と218条の結果的加重犯である。そのため、重い結果について故意のある場合は含まれない。
そこで、殺意があれば、不作為の殺人罪が成立する。
甲は、すぐにBを病院に連れて行って治療を受けさせなければBの命が危ないと思ったが、このままBが死亡してしまえば、乙との関係もうまくいくと思い、Bを病院に連れて行くことを拒んだ。そのため、Bの死亡結果を認識認容しているから、殺意(38条1項本文)が認められる。
(4)よって、殺人罪(199条)が成立する。
3 甲には、傷害致死罪と殺人罪が成立する。両行為は、Bの生命及び身体に向けられた行為であり、時間的場所的に近接するから、傷害致死罪は殺人罪に吸収され、包括一罪となる。
第2 乙の罪責
1 甲の殴打行為について殺人罪(205条)が成立するか。
(1)乙は、この間、同じ部屋で甲がBの頬を叩いているのを横目で見ていたが、これに対して何もしなかった。そのため、不作為が問題となる。
もっとも、正犯とは、自己の犯罪を行ったことをいうところ、他人の犯行を阻止しなかった場合には、因果経過を排他的に支配しているとはいえないから、他人の犯行を阻止しなかったことにより、自己の犯罪を行ったとはいえない。
したがって、共謀がない限り、正犯が成立することはない。
(2)乙には傷害致死罪の共同正犯(60条、205条)が成立するか。
共同正犯が認められる根拠は、他人の行為を利用して、結果発生に心理的・物理的因果性を及ぼす点にある。そこで、共謀、共謀に基づく実行行為が認められるときに共同正犯が成立する。
共謀とは、犯罪の共同遂行に関する合意をいう。犯罪の中核部分に意思連絡があればよい。甲は、Bの左頬を右の平手で1回殴打したが、Bがますます大きな声で泣き出したため、このままでは自分が乙に疎まれ捨てられてしまうとの思いから、犯行に及んでいる。そのため、甲と乙の間に意思連絡はないから、共謀は認められず、共同正犯は成立しない。
(3)乙に傷害致死罪の幇助犯(62条1項、205条)が成立するか。
不作為でも他人の犯行を容易にすることはできるが、自由保障の観点から、不作為の実行行為が成立する範囲を限定すべきである。
そこで、作為の実行行為と同視できるときに限り、不作為の実行行為を認めるべきである。そして、作為義務、作為可能性・容易性が認められるときに作為と同視できる。
Bは、乙の子ではないから、乙に親権はない。しかし、共同生活を始めて2か月ほどは、夜甲が働いている間は、甲が用意していった夕食を乙がBに与え、一緒に遊んだり風呂に入れたり寝かしつけるなどしていたが、同年9月ころからBを疎んじる態度を示すようになり、10月に入るとBの世話をすることも一切やめてしまった。そのため、甲は、乙がBを邪魔に思っていると感じ取って、このままではBばかりか自分まで嫌われてしまうのではないかと懸念するようになり、Bが泣くと乙を気遣い、早く泣きやませようとして、手拳や平手でBの顔や手足をたたくようになり、それが数週間に及んだ。また、最初のうちは乙から、注意されると甲は暴行をやめていた。そして、12月20日でも、このままでは自分が乙に疎まれ捨てられてしまうとの思いから、犯行に及んでいる。そのため、甲の殴打行為は乙に注意されることによって支配しているから、乙は、甲の殴打行為を注意してやめさせる作為義務を負う。この作為は、可能かつ容易である。
それにもかかわらず、乙は、何もせず、無関心を装ってテレビを見ていたから、作為義務違反が認められる。
(4)よって、傷害致死罪の幇助犯(62条1項、205条)が成立する。
2 Bを病院に連れて行かないことに同意した行為について殺人罪の共同正犯(60条、199条)が成立するか。
(1)共同正犯が成立するかは、第2の1(2)の基準で判断する。
ア 乙は、すぐにBを病院に連れて行った方がいいのではないか、と甲に言ったが、甲は、「Bはちょっと気を失っただけだから大丈夫」、「私に任せておいて」のなどと乙に言った。乙はこれに同意しているから、Bを病院に連れて行かないことについて意思連絡があり、共謀が認められる。
イ 乙が同意してそのまま自分の部屋に言った行為は、共謀に基づく実行行為といえる。
ウ よって、共同正犯が成立する。。
(2)保護責任者遺棄等致死傷罪は、217条と218条の結果的加重犯である。そのため、重い結果について故意のある場合は含まれない。そこで、保護責任者遺棄等致死罪と殺人罪の区別について、殺意があれば、不作為の殺人罪が成立する。
乙は、死ぬほどの状態ではないだろうと思っているから、死亡結果を認識認容していない。したがって、殺意(38条1項本文)が認められないから、抽象的事実の錯誤が問題となる。
故意責任の本質は、反対動機を形成できたにもかかわらず、あえて犯罪に及んだことに対する道義的非難をいう。また、犯罪事実は構成要件として類型化されているから、認識していた事実と発生した事実が構成要件の範囲内で重なり合う限度で故意が認められる。
そこで、共同正犯においては、構成要件の重なり合う限度で共同正犯が成立し、重い故意をもつ者には重い罪の単独正犯が成立する(やわらかい部分的犯罪共同説)。
乙の不作為は、間近にいて世話をしなかったといえるから、「生存に必要な保護をしなかったとき」(218条後段)にあたる。したがって、乙が認識していた事実は、保護責任者不保護罪に該当する。
殺人罪と保護責任者不保護致死罪は、生命を保護法益とする点で共通し、行為態様も不作為によって生命に対する危険を生じさせる行為である点で共通する。
したがって、保護責任者不保護致死罪の共同正犯(60条、219条)が成立する。
3 乙には、乙には傷害致死罪の幇助犯と保護責任者不保護致死罪の共同正犯が成立し、傷害致死罪の幇助犯は保護責任者不保護致死罪の共同正犯に吸収され、包括一罪となる。
第3 関連設問
1 Bの救命が十中八九確実であったとはいえない場合には、甲の不作為と死亡結果との間の因果関係が認められない。
よって、甲には殺人未遂罪(203条、199条)が成立するにとどまる。そのため、傷害致死罪と殺人未遂罪が成立し、併合罪(45条前段)となる。
2 乙には、傷害致死罪の幇助犯と保護責任者不保護罪(218条後段)が成立し、併合罪(45条前段)となる。
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