【刑法事例演習教材】解答例公開!第27問(欲深い買主)

はじめに

司法試験受験生の皆さん、こんにちは。

このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、答案例を公開しています。

第27問「欲深い買主」では、二重譲渡と横領罪の成否が主要な論点となります。本問では、売主が同じ物を複数の買主に譲渡した場合に、横領罪が成立するかどうかを検討する必要があります。特に、所有権移転のタイミングや、売主の処分行為が他人の物を不法に処分する行為といえるかが重要なポイントとなります。

横領罪の成立には、委託信任関係のもとで占有が認められることが前提となるため、本問の答案作成では、二重譲渡の法的構造を整理した上で、刑法上の横領罪の要件を適切に当てはめることが求められます。以下の答案例を参考に、論点の整理と答案構成の確認を行ってください。

解答例

第1 甲の罪責

1 甲がAに売却した宅地をBに対し売却した行為について、横領罪(252条1項)が成立するか。

(1)民事法上は、意思表示によって所有権が移転するが、刑法上は、物に対する所有権が横領罪の保護法益である。そのため、「他人の物」というためには、横領罪としての保護に値する所有権の実質が必要である。そこで、「他人の物」とは、契約の締結だけでは足りず、代金の全額または大部分の支払が済んでいることや、必要書類の授受がされていることを要する。

 甲はAに本件宅地を売却しており、契約に当たっては、土地の所有権の移転時期に関する特段の取り決めは行われなかった。そのため、民事法上は、契約の時点でAに所有権が移転する。これに加えて、すでにその代金の8割に当たる1600万円が支払われている。そのため、本件宅地の実質的な所有権はAに移転しているといえる。

 したがって、本件宅地は甲にとって「他人の物」といえる。

(2)横領罪の保護法益は、物に対する所有権であるから、ここでいう占有とは所有権侵害を招来しうる状態であることで足りる。そこで、「自己の占有」とは、物に対する事実的支配だけではなく、法律上の支配も含む。法律上の支配とは、法律上自己が容易に他人の物を処分できる状態をいう。そして、委託物(単純)横領罪は、二次的保護法益として、委託信任関係があるから、委託信任関係に基づき占有することを要する。

 本件宅地の登記名義はいまだ甲にあるから、不動産の処分を行える状態にある。そのため、甲に法律上の占有が認められる。そして、A甲間の売買契約により、甲はAに対して登記移転義務や土地の保管義務を負っているから、甲は、委託信任関係に基づき本件宅地を占有している。したがって、甲にとって、本件宅地は「自己の占有する」物にあたる。

(3)「横領」とは、不法領得の意思を実現する行為であり、その実質は、所有権に対する現実的危険性を生じさせることにある。そして、不法領得の意思とは、委託の任務に背いて所有者でなければできないような処分をする意思をいう。

 たしかに、甲はAに売却した本件宅地を、更にBに売却しているから、不法領得の意思を発現しているとも思える。

 しかし、横領罪の保護法益は、物に対する所有権にあるところ、所有権に対する危険性がなければ既遂を認めるべきではない。二重譲渡の場合、民法上は、譲受人が対抗要件たる登記を具備した時点ではじめて確定的に所有権が帰属し、他方で所有権侵害が確定的になる。

 そこで、二重譲渡の場合は、譲受人が対抗要件を具備することによってはじめて不法領得の意思が実現したといえ、「横領」にあたる。

 甲は結局Bに登記を移転することなく売買契約を解除しているから、Aの所有権侵害は現実化しておらず、「横領」にあたらない。

(4)したがって、甲に横領罪は成立しない。

2 上記の行為について、詐欺罪(246条1項)が成立するか。

(1)「欺いて」とは、財物の交付に向けて人を錯誤に陥らせることをいい、その内容は、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることである[1]

 不動産を売却する場合、通常はそれが第三者に売却されていないことが前提とされているから、甲はすでにAに売却している以上、甲は、Aにも売却したことを告知する義務がある。それにもかかわらず、これを告知せずにBに本件宅地を売却することは、Aに売却したことを偽ったといえる。

 Bは、すでに2500万円を支払っているのであり、本件宅地の所有権をめぐって、Aとの紛争に発展することは必至であると考えられる。Bにとっては、Aは会社の取引先であるから、Aとの間の紛争を避けたいと考えるのが合理的意思である。そのため、すでにAに売却していることを知っていれば本件宅地の売買契約をしなかったといえる。したがって、甲はBの交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ったといえる。

 したがって、「欺いて」にあたる。

(2)Bは本件宅地を甲が所有しているとの錯誤に陥り、代金全額を交付しているか。そのため、「交付させた」といえる。

(3)よって、詐欺罪(246条1項)が成立する。

3 本件宅地にCのために抵当権を設定した行為について、横領罪(252条1項)が成立するか。

(1)本件宅地はAに売却されているから、「他人の物」といえる。

(2)本件宅地の登記名義ははいまだ甲にあるから、甲に法律上の占有が認められる。そして、A甲間の売買契約により、甲はAに対して登記移転義務や土地の保管義務を負っているから、甲は、委託信任関係に基づき本件宅地を占有している。したがって、甲にとって本件宅地は「自己の占有する」物にあたる。

(3)甲がC銀行から融資を受けるために本件宅地に抵当権を設定する行為は、所有者でなければなしえない行為であり、抵当権の実行により所有権喪失の危険を生じさせる行為であるから、抵当権設定登記によりその危険を現実的なものとして生じさせた段階で「横領」が認められる。

(4)したがって、横領罪(252条1項)が成立する。

4 本件宅地を乙に売却した行為について、横領罪(252条1項)が成立するか。

(1)本件宅地はAという「他人の物」であって、これにつき甲はAに対して移転登記を具備させる義務を負っているから、委託信任関係に基づき「占有」しているといえる。また、甲が乙に売却する行為は、委託の任務に背いて所有者でなければできないような処分をする意思の実現であり、所有権移転登記を完了させることにより、Aの所有権が確定的に侵害されたから、「横領」にあたる。

(2)もっとも、乙への売却前にCのために抵当権設定行為を行っており、上述の3の通り、横領罪が成立するから、不可罰的事後行為として別個に横領罪を成立しないことが考えられる。

 この点、先行する横領があったとしても、被害者にとっては行為者に物の占有を委託している状態は変わらないから、委託信任関係は失われない。そのため、同一の物に対する複数の横領行為が観念できる[2]

(3)したがって、横領罪(252条1項)が成立する。

5 以上より、①詐欺罪と、②横領罪が2個成立し、2つの横領罪は包括一罪となる。

第2 乙の罪責

1 甲に成立した横領罪につき、乙に共同正犯(60条、252条1項)は成立しないか。

2 まず、乙はすべての事情を知っているのだから、甲に成立した横領罪につき共同正犯が成立する。

(1)単純悪意者の場合は、民法上有効に所有権を取得する立場にあるから、法令行為として違法性阻却される(35条)[3]。もっとも、背信的悪意者の場合は、民法上所有権を取得できる地位にないため、不処罰にする必要がない。したがって、第2譲受人は、横領罪の共犯として処罰される。

(2)本件では、上記のように乙はすべての事情を知っているが、それ以上に信義則違反を基礎付ける事情はないから、乙は背信的悪意者とはいえず、横領罪の共同正犯は成立しないといえる。

3 よって、横領罪は成立せず、乙は何らの罪責も負わない。

参考判例

[1] 最決平成22年7月29日刑集64巻5号829頁(搭乗券詐取事件)。

[2] 最大判平成15年4月23日刑集57巻4号467頁。

[3] 最判昭和31年6月26日刑集10巻6号874頁。

コメント

タイトルとURLをコピーしました