【刑法事例演習教材】解答例公開!第25問(報復と仲間割れ)

はじめに

司法試験受験生の皆さん、こんにちは。

このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、答案例を公開しています。

第25問「報復と仲間割れ」では、共犯関係の解消と同時傷害の特例が主要な論点となります。本問では、当初の共犯関係が途中で解消されたと評価できるか、また、同時傷害の特例が適用されるかが問題となります。

共犯関係の解消は、司法試験でも何度か出題されている重要論点であり、どの時点で共犯関係が終了し、以降の行為について刑事責任を負わないと評価できるのかが争点となります。また、同時傷害の特例については、令和2年の最高裁判決で重要な判断が示されており、近年注目されている論点です。

本問の答案作成では、共犯関係の解消が認められる要件を整理し、同時傷害の特例の適用範囲について最新の判例の考え方を踏まえながら論じることが求められます。以下の答案例を参考に、論点の整理と答案構成の確認を行ってください。

解答例

第1 甲の罪責

1 第1暴行について、傷害罪の共同正犯(60条、204条)が成立するか。

(1)「傷害」とは、人の生理的機能を侵害することをいうところ、第1暴行は、3人がかりで顔面、頭部等を殴打する危険な行為である。そして、Dは、顔面挫傷、左頭頂部切傷を負っているから、生理的機能を害しており、「傷害」といえる。

(2)共同正犯の根拠は、他人の行為を利用して、結果発生に因果的影響を与えた点にある。そこで、共謀、正犯意思、共謀に基づく実行行為が認められるときに、共同正犯が成立する。

 共謀とは、犯罪の共同遂行に関する合意をいい、犯罪の中核部分に意思連絡があればよい。本件では、Dに暴力をふるって制裁を加えた上、慰謝料を払わせるという意思連絡があるから、共謀が認められる。

 甲は上記の謀議に参加しており、第1暴行を行っているから、本件行為について重大な役割を担っている。したがって、正犯性が認められる。

 甲らは、共謀に基づいて第1暴行を行っているから、共謀に基づく実行行為が認められる。

 したがって、共同正犯が成立する。

(3)よって、傷害罪の共同正犯(60条、204条)が成立する。

2 第2暴行について、傷害罪と恐喝罪の共同正犯(60条、204条、249条1項)が成立するか。

(1)第2暴行は少なくとも「暴行」(208条)とはいえるが、②の傷害の原因が特定されていない。そのため、利益原則から、第2行為だけでは傷害結果との因果関係が認められず、「暴行」にとどまる。

(2)「恐喝」とは、財物の交付に向けて、人を畏怖させるに足りる暴行又は脅迫であって、犯行抑圧に至らない程度のものをいう。

 本件では、一連の暴行によってDは畏怖しており、10万円を交付しているから、「恐喝」にあたる。

(3)もっとも、C子に対する慰謝料として恐喝を行っているところ、権利行使として違法性が阻却されないか(35条)。

 違法性の根拠は、実行行為が社会的相当性を欠くことにある。そのため、権利行使の目的という正当な目的があり、権利の範囲内であって、その手段が社会的相当性の範囲内にあると認められるときは、違法性が阻却される[1]

 たしかに、A男は、慰謝料請求権という名目で交付を求めているため、正当な目的といえなくもない。しかし、一連の暴行を行い、しかも傷害結果を発生させていることから、社会的相当な範囲での恐喝とみることができない。

 したがって、違法性は阻却されず、恐喝罪は成立する。

(4)甲は、「俺帰る。」といって、離脱しており、第2暴行は行っていないが、一連の暴行に対する②の傷害結果、恐喝についての責任を負うか。共同正犯の解消が問題となる。

 共同正犯の根拠は、他人の行為を利用して結果発生に因果的影響を与えた点にあるから、離脱前の行為による物理的・心理的因果性が除去されたときに共犯関係の解消が認められる。

 甲の「俺帰る。」という発言は離脱の意思表示であり、誰も止めてはいないから了承されたのだといえる。しかし、甲は、第1暴行を行ったことによって、Dは恐怖心に支配されて抵抗できない状態になっている。そのため、甲らの共謀に基づく暴行行為による物理的因果性が除去されていない。また、共謀の内容には恐喝が含まれていたが、未だこれを達成しておらず、甲が参加していた謀議が心理的因果性を持ち続けているといえる。したがって、「俺帰る。」との離脱の意思表示だけでは足りず、A男らに続く暴行をやめさせるなどしない限り、甲の共犯関係からの解消は認められない。したがって、共同正犯が成立する。

 よって、②の傷害罪、恐喝罪の共同正犯(60条、204条、249条)が成立する。

3 ①の傷害罪と②の傷害罪は、ともにDの身体に対して向けられた行為であるから、包括一罪となる。これと、恐喝罪は手段と結果の関係にあるから、牽連犯(45条1項後段)となる。

第2 乙の罪責

1 第1暴行について、傷害罪の共同正犯(60条、204条)が成立するか。

(1)共同正犯が成立するかは、第2の1の(2)の基準で判断する。

 乙は、甲、A男、B女の謀議には参加していないが、車内で計画を聞き、Aらの意図を知った上で参加することにしているから、Dに暴力を振るい、慰藉料を払わせることについての意思連絡がある。そのため、共謀が認められる。

 乙は、第1暴行の実行行為に加わっているから、傷害結果について重要な役割を果たしたといえる。そのため、正犯性が認められる。

 乙らは、上述の共謀に基づいて暴行を加えているから、第1暴行は、共謀に基づく実行行為といえる。

 したがって、共同正犯が成立する。

(2)よって、傷害罪の共同正犯(60条、204条)が成立する。

2 第2暴行について、傷害罪と恐喝罪の共同正犯(60条、204条、249条1項)が成立するか。

(1)第1で述べた通り、A男、甲には、暴行罪、恐喝罪は成立する。

(2)第2暴行は、共謀に基づく実行行為である。もっとも、乙は、A男に殴られ気絶しているため、第2暴行には関わっていない。そこで、共犯関係の解消が問題となる。

 乙は、A男からいきなり顔面を殴打されて転倒し、気を失った。そのため、乙が気絶したことによって、一方的に犯行から離脱している。また、乙は、当初の謀議にいなかったことから、当初は、乙抜きでの暴行が予定されていた。そして、A男は、乙をE公園に放置して、F岸壁で第2暴行を行っている。そのため、乙がいなくても第2暴行は行われたといえるから、乙との間の心理的・物理的影響は除去されている。

 したがって、共同正犯の解消が認められる。

(3)もっとも、同時傷害の特例(207条)によって、①の傷害結果を帰責させられないか。

 207条は、2人以上が暴行を加えた事案においては、生じた傷害の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことから、立証責任の転換する規定である。

 各暴行が当該傷害を生じさせる危険性を有すること、各暴行が同一の機会に行われたことが必要である[2]

 本件では共同正犯の解消が認められているが、一部の暴行が共謀に基づく場合に207条を適用しないとすれば、共謀が認められない場合との均衡を欠く。そこで、他の者が共謀に基づかない暴行を加え、これと同一の機会に、共謀に基づく暴行があり、傷害を生じさせた者を知ることができないときは、207条が適用される[3]

 ①の傷害は、証拠上、第1暴行のみによるものか、第2暴行のみによるものか、両者が相まって生じたものか、その特定は困難である。そして、第2暴行は、第1暴行が行われたE公園から約15キロメートルのところで、自動車では20分程度で到着可能なF岸壁で行われている。そのため、第1暴行と第2暴行は時間的場所的に近接しているから、同一の機会に行われた暴行といえる。

 したがって、207条が適用される。

3 以上より、傷害罪の共同正犯と恐喝罪が成立する。これらは「1個の行為」といえるから、観念的競合(54条1項前段)となる。

参考判例

[1] 最判昭和30年10月14日刑集9巻11号2173頁。

[2] 最決平成28年3月24日刑集70巻3号1頁。

[3] 最判令和2年9月30日裁時1753号12頁。

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