【刑法事例演習教材】解答例公開!第24問(警部補のおねだり)

はじめに

司法試験受験生の皆さん、こんにちは。

このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、答案例を公開しています。

第24問「警部補のおねだり」では、賄賂罪の成否が主要な論点となります。本問では、公務員が職務に関連して金品を受け取った場合に収賄罪が成立するのか、また、賄賂を供与した者に贈賄罪が成立するのかが問題となります。さらに、賄賂の「職務に関する」要件の範囲や、供応接待などの行為がどのように評価されるかも検討が必要です。

本問の答案作成では、収賄罪と贈賄罪の成立要件を整理し、具体的事実との当てはめを丁寧に行うことが求められます。以下の答案例を参考に、論点の整理と答案構成の確認を行ってください。

解答例

第1 甲の罪責

1 平成30年3月16日、都内の飲食店において、丙から額面100万円の小切手を受領した行為について請託収賄罪(197条1項後段)が成立するか。

(1)甲は、警視庁A警察署地域課の警部補であるから、「公務員」(7条1項)にあたる。

(2)甲は、Fを被告訴人とする名誉棄損・信用棄損罪についての捜査妨害をしていないという情報提供をしたこと及びB署の知り合いに働き掛けをすることの対価として、額面100万円の小切手を受領している。そのため、「賄賂を収受」したといえる。

(3)「職務」とは、公務員がその地位に伴い公務として取り扱うべき一切の執務をいう[1]

 甲は、平成30年2月21日からは、警視庁A警察署地域課に所属しているから、警視庁B警察署の捜査については具体的職務権限の範囲に属しない。

 もっとも、収賄罪の保護法益は、職務の公正に対する社会一般の信頼にある。一般的職務権限内の範囲内の事項は、事務分担の可能性や将来における事務分担の可能性があるから、それに対して収賄がされた場合は、職務の公正に対する社会一般の信頼が害される。

 そこで、法令上、当該公務員の一般的・抽象的な職務権限に属するものであれば、「職務に関し」といえる[2]

 警察法64条は、「都道府県の警察官は、当該都道府県警察の管轄区域内において職権を行うものとする」と規定している。そのため、甲は、警視庁の警察官である以上、警視庁の犯罪捜査に当たる権限を有している。

 捜査情報の提供は、犯罪捜査に関する職務権限に属する行為であり、B警察署への働き掛けは、一般職務権限を同じくする他の公務員への働き掛けであるから、職務密接関連行為である。

 したがって、「職務に関し」にあたる。

(4)「請託」とは、公務員に対し一定の職務行為を行うことを依頼することをいう。

 甲は、捜査情報を提供したこと及びB署の知り合いに働き掛けをすることの対価であることを理解して小切手を受領しているから、「請託」にあたる。

(5)甲は、上記事実を認識認容しているから、故意(38条1項本文)が認められる。

(6)よって、請託収賄罪(197条1項後段)が成立する。

2 同行為について詐欺罪(246条1項)が成立するか。

(1)「欺いて」とは、財物の交付に向けて人を錯誤に陥らせることを言い、その内容は、交付の判断の基礎となる重要な事実を偽ることである[3]

 甲は、実際には、丙のために動くつもりは全くない。それにもかかわらず、「少し動いてみますよ。ただ動くのにはお金がかかるんですよ」と申し向けている。丙は、甲が全く動くつもりがないと知っていれば、小切手を渡すことはないから、重要な事実を偽ったといえる。したがって、「欺いて」にあたる。

(2)丙は、「よろしくお願いします」と言い、その場で額面100万円の小切手を切って甲に渡しているから、錯誤に基づき100万円の占有を移転させたといえる。したがって、「交付させた」にあたる。

(3)甲は、上記事実を認識認容しているから、故意(38条1項本文)が認められる。また、この機会に乗じれば丙から報酬名目で相当額の金員を得られるのではないかと期待して、小切手を受領しているから、不法領得の意思が認められる。

(4)よって、詐欺罪(246条1項)が成立する。

3 丙に電話し、「逮捕されたくなければ、100万円くらいは覚悟して頂かないといけませんね」と申し向けた行為について恐喝罪(249条1項)が成立するか。

(1)「恐喝」とは、財物の交付に向けて、人を畏怖させるに足りる暴行・脅迫であって、反抗抑圧に至らない程度のものをいう。

 甲は、丙に対し、「先日乙さんにしたのは贈賄という犯罪になりますよ。逮捕されるかどうかは私次第ですよ。」と申し向けている。これは「自由」に対する害悪の告知であるから、脅迫にあたる。また、「逮捕されたくなければ、100万円くらいは覚悟して頂かないといけませんね」と申し向けたのは、100万円の交付に向けられている。したがって、「恐喝」にあたる。

(2)丙は、甲の言い方からして、自分のしたことは犯罪で、甲の意向に逆らえば実際に逮捕されてしまうのではないかと非常に恐怖を感じ、現金書留で甲に100万円を送付した。したがって、「交付させた」といえる。

(3)甲は、上記事実を認識認容しているから、故意(38条1項本文)、不法領得の意思が認められる。

(4)よって、恐喝罪(249条1項)が成立する。

4 同行為について単純収賄罪(197条1項)が成立する。

5 甲には、①請託収賄罪、②詐欺罪、③恐喝罪、④単純収賄罪が成立する。①と②、③と④はそれぞれ「1個の行為」であるから、観念的競合(54条1項前段)となる。

第2 乙の罪責

1 同年3月23日、料亭「秋月」において芸者の花代・飲食料金をあわせて約10万円の供応を受けた行為について単純収賄罪(197条1項前段)が成立するか。

(1)乙は、東京都C市の職員であるから、「公務員」(7条1項)である。

(2)乙は、以前に告訴状の件でお世話になったお礼として、約10万円分の供応を受けた。そのため、「賄賂を収受した」といえる。

(3)「職務」とは、公務員がその地位に伴い公務として取り扱うべき一切の執務をいう。

 乙は、平成30年3月1日より、東京都C市に転籍している。そのため、同年3月23日の供応の時点では、告訴状の助言・指導を与えることは、乙の一般的職務権限に属しない。

 もっとも、収賄罪の保護法益は、職務の公正に対する社会一般の信頼にある。転職したとしても、現在公務員である者が賄賂を収受することによって、過去の職務の公正に対する社会一般の信頼が害される。そのため、一般職務権限を異にする他の公務に転職した場合にも、「職務に関し」にあたる[4]

 乙は、平成29年4月1日からは、警視庁B警察署地域課で勤務し、平成29年11月15日に告訴状の指導・助言をした時点では、一般的職務権限に属する職務であった。この対価として賄賂を収受している以上、「職務に関し」にあたる。

(4)乙は、以上の事実を認識認容しているから、故意(38条1項本文)が認められる。

2 よって、加重収賄罪(197条1項前段)が成立し、乙は罪責を負う。

第3 丙の罪責

1 甲に対して額面100万円の小切手を切って渡した行為について贈賄罪(198条)が成立する。

2 乙に対して芸者の花代・飲食料金をあわせて約10万円の供応をした行為について贈賄罪(198条)が成立する。

3 甲に対して現金書留で甲に100万円を送付した行為について贈賄罪(198条)が成立するか。

 丙は、甲の恐喝によって、畏怖し、100万円を送付しているから、違法性が阻却されるとも思われるが、丙は、不完全ながらも自己の意思で賄賂を供与している以上、贈賄罪は成立する[5]

4 丙には3つの贈賄罪が成立し、これらは別個の行為であるから、併合罪(45条前段)となる。

参考判例

[1] 最判昭和28年10月27日刑集7巻10号1971頁。

[2] 最判昭和37年5月29日刑集16巻5号528頁。

[3] 最決平成22年7月29日刑集64巻5号829頁(搭乗券詐取事件)。

[4] 最決昭和58年3月25日刑集37巻2号170頁(県職員住宅供給公社出向事件)。

[5] 最決昭和39年12月8日刑集18巻10号952頁。

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