はじめに
司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、答案例を公開しています。
第20問「クリスマスイブの事件」では、実行の着手の時期が主要な論点となります。本問では、犯罪の実行行為がどの時点で開始されたと評価されるかが問題となり、いわゆる早すぎた構成要件の実現の問題です。この論点は、司法試験でも何度か出題されている難しいテーマの一つです。
本問の答案作成では、実行の着手の判断基準を整理し、具体的事例にどのように適用するかを慎重に検討することが重要になります。以下の答案例を参考に、論点の整理と答案構成の確認を行ってください。
解答例
第1 睡眠薬を大量に混入させたビールを飲用させて昏睡状態に陥らしめた行為について殺人未遂罪(203条、199条)が成立するか。
1 甲は、Aに睡眠薬を飲ませて眠らせた上で(以下「本件第1行為」という。)、家に放火(以下「本件第2行為」という。)して不慮の火災に見せかけて、Aを殺害すると共に、保険金を騙し取ることを決意した。睡眠薬を飲ませ時点で「実行に着手」(43条本文)がなければ、計画を立て、実行しているにもかかわらず、殺人未遂罪が成立しないことになる。そこで、実行の着手時期が問題となる。
未遂犯の処罰根拠は、結果発生に至る客観的危険性を発生させた点にある。そこで、第1行為が第2行為に密接に関連し、既遂結果に至る客観的危険性があるといえれば、第1行為の時点で「実行に着手」が認められる。行為の危険性は、行為者の主観によって異なるから、犯人の計画を考慮して判断すべきである。
本件第1行為でAを眠らせることによって、火災を確認してAが逃走を防ぎ、Aを確実かつ容易に殺害することができる。そのため、本件第1行為は、本件第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠である。甲は、本件第1行為の直後に自宅において本件第2行為を行う予定であるから、本件第2行為は、本件第1行為に時間的場所的に近接している。そして、本件第1行為に成功した場合、本件第2行為に特段の障害はない。したがって、本件第1行為は本件第2行為に密接に関連し、この時点でAが死亡に至る客観的危険性が認められる。
したがって、本件第1行為の時点で「実行に着手」したといえる。
2 甲は、Aを殺害した上で、自宅に放火すれば、保険金収入により借金の返済ができ、自分の自由に使える金も手に入り、今までとは違う余裕のある生活ができるようになると考えて、本件第1行為に及んでいる。そのため、甲には殺意(38条1項本文)が認められる。
3 Aは治療を受けてすぐに回復しており死亡していない。そのため、甲には殺人未遂罪(203条、199条)が成立する。
4 甲には中止犯が成立し、必要的減免を受けないか(43条ただし書き)。
(1)中止犯の根拠は、犯罪行為の中止によって、責任が減少する点にある。そのため、自己の意思によって中止したといえるときは責任の減少を認めるべきである。
そこで、中止の動機となった外部的または内部的事情が経験上一般に犯罪の完遂を妨げられる事情にならないときは、「自己の意思により」中止したといえる。
甲は、昏睡状態にあるAを見て、急にかわいそうになり、新聞紙に火をつけるのをやめた。殺人を計画している者にとっては、被害者がかわいそうという理由では通常犯行をやめないから、犯罪の完遂を妨げる事情にならない。したがって、「自己の意思により」にあたる。
(2) 中止犯の根拠は、責任減少にあるから、放置すれば結果が発生する危険性がある場合には、結果発生を防止するための作為が必要である。
そこで、「中止した」といえるためには、少なくとも犯人自身が防止にあたったのと同視できるだけの積極的な努力が必要である。
たしかに、甲は、電話に出た消防署の職員から事情を聞かれた際、とっさにAが睡眠薬を飲んで自殺を図ったと答えた。また、病院の職員から事情を聞かれた際にも、Aが睡眠薬を飲んで自殺を図ったと答えた。そのため、真摯な努力とはいえないとも思われる。しかし、甲は、Aの呼吸が弱くなっているので、このまま放置するとAが死亡するかもしれないと思い、Aを助けるために、消防署に電話をして救急車の派遣を求めた。これは、素人の甲ができる最善の措置であるから、積極的な努力をしたといえる。したがって、「中止した」といえる。
(3)Aの飲んだ睡眠薬の量が致死量に達していなかったこともあり、Aは死亡しなかった。そのため、中止行為と結果防止との間の因果関係は認められない。もっとも、中止犯の根拠が責任の減少にある以上、因果関係は不要である。
(4)よって、甲には殺人未遂罪が成立するが、中止犯が成立し、必要的減免を受ける(43条ただし書き)。
第2 Aが昏睡している居間の隣の部屋に灯油をまいた行為について現住建造物等放火罪(108条)が成立するか。
1 「放火」とは、目的物の焼損を惹起させる行為を言う。甲は、灯油に点火するため、ライターと新聞紙を取り出したが、火をつけるのをやめた。灯油は、引火性を有するが、その程度はそれほど高くはないから、点かしていない以上、焼損の危険は生じていない。したがって、「放火」にあたらない。
2 したがって、現住建造物等放火予備罪(113条)が成立するにとどまる。
3 なお、予備罪の中止犯は成立しない。
第3 本件第1行為について詐欺未遂罪(250条、246条1項)が成立するか。
1 甲は、保険金請求を行っていない以上、「欺いて」の「実行に着手」を認めることはできない。
2 よって、詐欺未遂罪は成立しない。
第4 甲には、殺人未遂罪と現住建造物等放火予備罪が成立し、両行為は「1個の行為」とはいえないから、併合罪(45条前段)となる。
参考判例
・最決平成16年3月22日刑集58巻3号187頁(クロロホルム事件)
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