はじめに
司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、答案例を公開しています。
今回の第18問「キング・オブ・アフリカ」は、刑法事例演習教材の中でも最も難しい事例の一つであり、詐欺、2項強盗、共同正犯など多くの論点が含まれています。本問では、財産犯の基本構造を正確に理解した上で、各犯罪の成立要件を慎重に検討する必要があります。
以下の答案例を参考に、論点の整理と答案構成の確認を行ってください。
解答例
第1 乙の罪責
1 丙に対して、運転手と見張り役をするように依頼した行為について、強要罪(223条2項)が成立する。
2 Aに対し、品物を受け取るまで金は渡せないと告げ、キングオブアフリカを交付させた行為について、詐欺罪(246条1項)が成立するか。
(1)「欺いて」とは、財物の交付に向けて人を錯誤に陥らせることをいい、その内容は、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることである[1]。
乙は、キングオブアフリカの代金を支払う予定がないのに、金を渡すことを前提とした発言を行なっている。そのため、挙動により、代金の支払予定があることを偽ったといえる。
宝石商は、宝石の代金の支払を受けることが前提の商売をしているから、相手方に購入の意思があるかどうかを気にするはずである。そのため、乙に代金を支払う意図がないと知っていれば、キングオブアフリカを交付することはなかった。そのため、キングオブアフリカの代金の支払を受けられることは、交付の判断の基礎となる重要な事項である。
したがって、「欺いて」にあたる。
(2)交付行為とは、相手方の錯誤に基づいて財物の占有・利益を移転させることをいうところ、意思に基づいた移転といえるかが問題となる。
詐欺罪の本質は、被害者の意思に基づいて財物が移転する点にあるところ、被害者が移転の外形的な事実について認識があれば、被害者の意思に基づくから、窃盗罪と区別できる。
そのため、移転する財物の量や質を認識している必要はなく、移転の外形的な事実の認識があり(主観面)、被害者の行為によって財物が欺罔行為者に直接的に移転したといえるとき(客観面)に処分行為が認められる。
Aは、代金の支払を受けられるとの錯誤に陥り、「なら、これあんたに預ける」と言いながらキングオブアフリカを渡した。これは、303号室から、キングオブアフリカを持ち出すことを許したといえる。Cホテルは東京都新宿区のホテルであり、部屋から出れば公共空間となり、Aの占有は及ばなくなる。したがって、甲が303号室から持ち出した時点で占有が移転したといえるから、「交付させた」といえる。
(3)乙は、上記事実を認識しているから、故意(38条1項本文)、不法領得の意思が認められる。
(4)よって、詐欺罪(246条1項)が成立する。
3 甲がAを射殺した行為について強盗殺人罪の共同正犯(60条、240条後段)が成立するか。
(1)共同正犯が認められる根拠は、他人の行為を利用して、結果発生に心理的・物理的因果性を及ぼす点にある。そこで、共謀、正犯性、共謀に基づく実行行為が認められるときに共同正犯が成立する。
ア 共謀とは、犯罪の共同遂行に関する合意をいい、犯罪の中核部分に意思連絡があればよい。甲は、乙がAをおびき出して殺害し、キングオブアフリカを奪う計画を申し入れ、乙はこれを了承している。そのため、キングオブアフリカを奪うためにAを殺すことについて意思連絡があるから、共謀が認められる。
イ 乙は、これによって、報酬1000万円の多額の報酬を手に入れることができる。また、自己の300万円に近い多額の債務を免れる意図を有する。そのため、乙には動機がある。そして、宝石商であるからAをおびき寄せられるという重要な役割を担っている。さらに、乙は、甲に対し、具体的な手順を説明しており、強盗殺人について主体的に計画を立てた立場にある。したがって、正犯性が認められる。
ウ 甲は共謀に基づいて、至近距離からA目がけて拳銃で弾丸5発を発射した。そのため、共謀に基づく実行行為が認められる。
(2)強盗殺人罪が成立するためには「強盗」を行なっていることを要するところ、強盗(236条)が成立するか。
ア 「暴行」は、反抗抑圧に足りる程度の有形力の行使でなければならない。心理的・物理的に財物の奪取行為に対する抵抗ができなくなったと客観的に認められるときには、反抗抑圧に足りる程度といえる。
甲は、至近距離からAめがけて拳銃で弾丸5発を発射した。これは不法な有形力の行使である。これによってAは死亡し、心理的・物理的に抵抗できなくなっているから、犯行抑圧に足りる程度の「暴行」を行ったといえる。
イ 甲がAを殺害したのは、ホテルから丙の運転する車が発信するのを見届けた後である。そのため、財物を奪取する手段ではないから、1項強盗罪(236条1項)は成立しない。
ウ 甲と乙は、「財産上不法の利益を得」たといえるか。利益移転の現実的危険性が認められないときは、2項強盗罪の実行行為が認められないため問題となる。
利益の移転は目に見えないから明確性に欠け、処罰範囲が拡大するおそれがある。そこで、1項強盗罪における財物移転と同視できる程度に財産的利益が現実的に移転したときに、「利益を得」たといえる。
甲と乙は、射殺に先立って、キングオブアフリカを預かっている。そのため、甲と乙は、キングオブアフリカの返還債務を有する。甲は無店舗型個人営業であるから、キングオブアフリカの取引が行われると知っている者は少なく、Aが死亡することによって、キングオブアフリカの返還請求を免れるという「財産上不法の利益」を得ることができる(236条2項)。
また、乙は、Aに300万円近い多額の債務を負っていたが借用証書を差し入れていなかったし、当該借金のことを知る者は他にいなかった。そのため、Aが死亡することによって、乙は、300万円という多額の債務の返還を免れるという「財産上不法の利益を得」る[2]。
エ したがって、強盗罪(236条2項)が成立する。
(2)Aは「死亡」しており、死亡結果は、債務を免れるための暴行行為によって生じているから強盗の機会といえる。
(3)よって、強盗殺人罪の共同正犯(60条、240条前段)が成立する。
5 以上より、①強要罪、②詐欺罪、③キングオブアフリカの返還債務についての強盗殺人罪の共同正犯、④自己の債務300万円についての強盗殺人罪の共同正犯が成立する。
③と④は、「1個の行為」であるから、観念的競合(54条1項前段)となる。これと②は、同一の機会に行われているから包括一罪となる[3]。これと①は併合罪(45条前段)となる。
第2 甲の罪責
1 Aを射殺した行為について、強盗殺人罪の共同正犯(60条、240条後段)が成立するか。
(1)第1の3(1)で述べた通り、甲と乙の間には共謀があり、甲は、キングオブアフリカを得るという動機があること、射殺という共謀における重要な役割を担っていることから、正犯性が認められる。そして、甲は、共謀に基づいて射殺をしているから強盗殺人罪の共同正犯が成立する。
(2)乙は、Aに300万円近い多額の借金を負っていたが、これを機会にAを殺害すれば、もはや借金を返す必要がなく、一挙両得だと考えたが、この事情を伏せている。そのため、甲は、乙が債務を免れる意思を有していることを認識していなかったため、故意が阻却されないか。具体的事実の錯誤が問題となる。
甲は、Aを殺害することによって、キングオブアフリカの交付を認識している。乙が債務を免れるという利益については認識していないが、両者は強盗殺人罪の客体である点で共通するから、強盗殺人罪の構成要件の範囲内で一致する。したがって、故意は阻却されない。
2 よって、強盗殺人罪の共同正犯(60条、240条後段)が成立し、罪責を負う。
第3 丙の罪責
1 運転手と見張り役を引き受けた行為について、強盗殺人罪の共同正犯(60条、240条後段)が成立するか。
共同正犯が成立するかは、第1の3の基準で判断する。
丙は、乙からCホテルまでの往復の運転手と見張り役をするよう依頼され、しぶしぶこれを了承した。そのため、強盗殺人罪についての共謀が認められる。
丙は、脅迫により、運転手及び見張り役を引き受けており、報酬を得ることも予定されていない。そして、本件の強盗殺人では、運転手と見張りはなくても成り立ちうるからそれほど重要な役割ではない。そのため、正犯性が認められない。
したがって、共同正犯は成立せず、丙の行為は甲と乙の犯行を容易にしたにすぎない。
2 よって、強盗殺人罪の幇助犯(62条1項、240条後段)が成立する。
参考判例
[1] 最決平成22年7月29日刑集64巻5号829頁(搭乗券詐取事件)
[2] 最判昭和32年9月13日刑集11巻9号2263頁(祈祷師殺害未遂事件)
[3] 最決昭和61年11月18日刑集40巻7号523頁(博多覚せい剤取引強盗殺人未遂事件)。
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