はじめに
司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、答案例を公開しています。
今回の第14問「燃え移った炎」では、失火罪の共同正犯が論点となります。本問では、過失犯である失火罪に共同正犯の概念が適用され得るのか、また、複数人の行為がどのように刑法上の責任を分配されるのかが問題となります。
刑法における共同正犯は、通常の故意犯を前提とする概念ですが、過失犯である失火罪においても適用できるのかについては慎重な検討が求められます。本問の答案作成では、判例・学説を踏まえた論理的な整理が必要となります。以下の答案例を参考に、論点の把握と答案構成の確認を行ってください。
解答例
第1 甲、乙及び丙がトーチランプの炎が確実に消火しているか否かにつき何ら確認をすることなく、その場を立ち去った行為について業務上失火罪(117条の2、116条2項)が成立するか。
1 本件では、2つのトーチランプのうちどちらか1個のトーチランプから着火したかは明らかでない。そのため、過失行為と焼損結果との間の因果関係が不明であるから、単独の過失犯を問うことができない。そこで、共同正犯が成立し、3人の責任を問えるかが問題となる(60条)。
共同正犯において一部実行全部責任が認められる根拠は、他人の行為を利用して結果に因果性を及ぼすことにある。そこで、共同の注意義務に違反した場合には、過失の共同正犯が成立する。
共同の注意義務は、自己の行為から結果が発生しないよう注意するだけでなく、共同行為者の行為からも結果が発生しないように注意する義務をいう。
「失火」とは、過失による出火をいい、過失とは、予見可能性を前提とする結果回避義務違反をいう。
(1)甲と乙は、通信ケーブルの断線探索作業に共同して従事した際、点火したトーチランプを各1個を各自が使用して作業を行っていた。地下洞道には、布製防護シートが垂らされており、これにトーチランプの炎が接して着火し、火災が発生する危険があり、これを十分に予見することができた。そのため、予見可能性が認められる。
(2)以上の危険が発生し、その被害が重大であるから、甲及び乙は、互いの炎が確実に消火していることを互いに確認する義務を負う。そのため、「共同の注意義務」を負う。丙は、A社の見習作業員として甲の指導の下で断線探索作業に従事していた。そして、トーチランプを所持していなかった。そのため、丙に消火を確認する義務を負わせることはできない。
(3)それにもかかわらず、甲、乙及び丙は、トーチランプの炎が確実に消火しているか否かにつき何ら確認をすることなく、トーチランプを防護シートの近接位置に置いたまま、同所を立ち去っている。そのため、注意義務違反が認められる。
(4)したがって、甲と乙は、「共同の注意義務」に違反したといえるから、過失の共同正犯が認められる。
2 「業務上」とは、職務として火気の安全に配慮すべき社会生活上の地位をいうところ、甲と乙はA社の作業員として通信ケーブルの断線探索作業に従事する者であるから、「業務上」にあたる。
3 本件では、通信ケーブル及び洞道壁面225メートルを焼損したから、「110条に規定する物を焼損」したといえる。
4 「公共の危険」とは、不特定多数の人の生命・身体・財産に対する危険をいう。
延焼可能性がある物件が不特定多数の財産等である必要はなく、特定の物を経由して、不特定多数の生命・身体・財産に対する延焼可能性があることによって、「公共の危険」は認められる。
本件では、大量に発生した煙によって東都電話局局舎の職員をはじめ周りの建物にいた多くの人々が一時避難する騒ぎとなった。しかし、東都電話局局舎をはじめ周りの建物には延焼する危険はなかった。そのため、「公共の危険」は生じていないといえる。
5 よって、業務上失火罪の共同正犯は成立しない。
第2 甲、乙及び丙は何ら罪責を負わない。
参考判例
・東京地判平成4年1月23日判時1419号133頁(世田谷ケーブル事件)
・最決平成28年7月12日刑集70巻6号411頁
・最決平成15年4月14日刑集57巻4号445頁。
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