はじめに
司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、答案例を公開しています。
今回の第13問「一線を越えた男友達」では、多くの財産犯が問題となり、それぞれの構成要件を整理することが求められる事例です。本問では、窃盗・詐欺・横領・背任といった財産犯が絡み合い、それぞれの犯罪が成立するのか、また、罪数関係をどのように処理するかが論点となります。
財産犯は、刑法の財産的法益を保護する基本的な犯罪類型であり、構成要件の厳密な分析が必要です。本問の答案作成では、各犯罪の成立要件を正しく理解し、事案の中で適切に当てはめることが重要になります。以下の答案例を参考に、論理的な答案構成を確認してください。
答案例
第1 11月15日までのクレジットカードの使用について
1 B店において28万円のバッグをAのクレジットカードを用いて購入した行為について詐欺罪(246条1項)が成立するか。
(1)バッグは「財物」である。
(2)「欺いて」とは、財物の交付(財産上の利益の処分)に向けて人を錯誤に陥らせることをいい、その内容は、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることである。
甲は、クレジットカードの名義人でないことを秘してバッグを購入している。カードの使用者が名義人でなければ、名義人が支払いを拒否することによりカード会社からの支払いが受けられないおそれがある。そのため、カードの利用者がカード会員本人であるかどうかという事実は、加盟店にとって商品を交付するかどうかを判断するための重要な事実である。この点は、カードの名義人が使用承諾を与えていても同様である。そうすると、B店は、甲がクレジットカードの名義人でないと知っていれば、バッグを売らなかったといえる。したがって、「欺いて」にあたる。
(3)B店は、甲がカードの名義人であると誤信したことにより、バッグを販売したから、「交付させた」といえる。
(4)よって、詐欺罪(246条1項)が成立する。
2 上記行為について、Aに対する背任罪(247条)が成立するか。
(1)横領罪の保護法益は、物に対する所有権と委託信任関係であり、背任罪の保護法益は、全体財産と委託信任関係であるから、両者には重なり合いが認められる。そのため、横領罪と背任罪は法条競合の関係にあるから、重い横領罪から検討する。
自己の名義・計算で行われた場合は「横領」にあたり、本人の名義・計算で行われた場合は背任罪が問題となる。
Aは、甲に対し、クレジットカードを貸し与えているが、限度額を定めていたため、財物の占有を認めていたと見ることはできない。そのため、「横領」にはあたらないから、背任罪の成否を検討する。
(2)Aは、甲に対し自分のクレジットカードを貸し与え、暗証番号も教えて、1か月に10万円を限度としてAの名前で買い物やキャッシングをすることを許している。そのため、当該クレジットカードの利用に関して、「他人のためにその事務を処理する者」といえる。
(3)甲は、自己の買い物として28万円のバッグを購入しているから、「自己…の利益を図…る目的」が認められる。
(4)甲はAから許された限度額を超えてクレジットカードを利用しているから、「任務に背く行為」にあたる。
(5)これによりAの全体財産は減少しているから「財産上の損害を加えたとき」といえる。
(6)よって、背任罪(247条)が成立する。
3 クレジットカード売上票の「ご署名」欄にAの名前をボールペンで記入した行為について有印私文書偽造罪(159条2項)が成立するか。
(1)「偽造」とは、作成名義人と作成者の人格の同一性を偽ることをいう。
Aは、甲に対し10万円の限度で買い物をすることを許しているが、限度額を超える以上、作成名義人のAの承諾があったとはいえない。そのため、クレジットカード売上票の作成名義人は、Aである。したがって、甲がこれに署名することは「偽造」にあたる。
(2)クレジットカードには、Aの署名があるから、「他人の署名を使用」した「権利に関する文書」である。
(3)甲は「行使の目的」がある。
(4)よって、有印私文書偽造罪(159条2項)が成立する。
4 提出した行為について偽造有印私文書行使罪(161条1項)が成立する。
5 C店において、Aのクレジットカードを用いて18万円の腕時計を購入し、クレジットカード売上票の「ご署名欄」にAの名前をボールペンで記入して提出した行為について詐欺罪(246条1項)、背任罪(247条)、有印私文書偽造罪(159条2項)、偽造有印私文書行使罪(161条1項)が成立する。
6 11月15日に50万円のキャッシングを行った行為について自動キャッシング機設置者に対する窃盗罪(235条)が成立する。
7 上記行為についてAに対する背任罪(247条)が成立する。
第2 令和元年12月18日、A宅での行為について
1 刺身包丁でAを刺突した行為について、強盗殺人罪(240条後段)が成立するか。
(1)甲は、「強盗」といえるか。2項強盗罪(236条2項)の成否が問題となる。
ア 強盗罪の「暴行」とは、犯行抑圧に足りる程度の有形力の行使をいうところ、甲は、刺身包丁でAの左上腹部を1回力を込めて深く突き刺した。上腹部は人の枢要部であり、甲に向かって、刺身包丁は刃渡り20センチメートルある殺傷能力が高い凶器を刺突することは、Aの犯行を心理的・物理的に抑圧するに足りる不法な有形力の行使である。したがって、「暴行」にあたる。
イ 利益の移転は目に見えないから明確性に欠け、処罰範囲が拡大するおそれがある。そこで、1項強盗罪における財物移転と同視できる程度に財産的利益が現実的に移転したときに、「利益を得」たといえる。
甲は、Aからカードの使用について強くとがめられ、ののしられた上、すぐに使用した分の金額を返済しなければ、甲の職場の同僚に甲の借金のことをすべて話す、と迫られた。Aには相続人がいるかは明らかでない。しかし、当分の間、Aに対する金銭債務の支払を免れており、「財産上不法の利益を得」たといえる。
ウ 甲は、刃渡り20センチメートルの殺傷力が高い包丁を使い、枢要部である腹部に力を込めて深く突き刺しているから、客観的に生命侵害の危険性の高い行為を行なっているそのため、殺意は認められる。甲は、激怒して暴行を行っているため、金銭債務を免れる意思を有していないとも思われる。しかし、甲はそのまま現場を立ち去ろうとしている。その場で救急車を呼ぶことができるにもかかわらず、このような行動をとるということは、金銭債務を免れることを認容していたといえる。したがって、強盗の故意(38条1項本文)が認められる。
エ よって、2項強盗罪が成立するから、「強盗」にあたる。
(2)Aは、「死亡」しており、死亡結果は強盗の機会に行われた暴行による。
(3)よって、強盗殺人罪(240条後段)が成立する。
2 D銀行のキャッシュカードを持ち去った行為について、窃盗罪(235条)が成立するか。
(1)「財物」とは、経済的又は主観的価値を有する有体物をいうところ、暗証番号を知っていることにより、預金の預入れや払戻しをなしうる点で財産的価値を有するから、「財物」にあたる。
(2)「占有」とは、財物に対する事実的支配をいうところ、Aは死亡しているため、占有意思がなく、事実的支配が及ばない。もっとも、Aの生前の占有が保護されないか。いわゆる死者の占有が問題となる。
人を殺した後に初めて財物奪取の意思を生じて被害者の財物を領得したときは、財物奪取が死亡後かどうか、行為者の故意があったかを特定するのが困難である。
そこで、殺害した犯人の奪取行為であり、かつ、殺害行為と財物奪取行為の近接性、被害者の客観的占有状況を考慮して、生前の被害者の占有を保護すべきときに、占有が認められる。
甲は、強盗殺人を行った犯人である。刺突行為後、刺突行為が行われたAの居住する高級マンションの一室で立ち去り際に財布が目につき、その場でハンドバッグの中にあった財布の中からD銀行のキャッシュカードを持ち出している。そのため、刺突行為と奪取行為が時間的場所的に近接している。ハンドバッグは携帯する物であるから、客観的に生前の支配は強いといえる。
したがって、Aの生前の占有は保護される。
(3)「窃取」とは、他人の意思に反して自己に占有を移転させることをいうところ、甲は、キャッシュカードを持ってAの居室を出ることにより、占有が移転したといえるから、「窃取」にあたる。
(4)甲は、上記行為を認識認容しているから故意(38条1項本文)、不法領得の意思が認められる。
(5)よって、窃盗罪(235条)が成立する。
第3 銀行での犯行について
1 同日午後4時ころ、D銀行E支店のATMコーナーに立入った行為について建造物侵入罪(130条前段)が成立するか。
(1)「侵入」とは、管理権者の合理的意思に反する立ち入りをいうところ、犯罪目的と知っていれば管理権者は立ち入りを拒むから、甲がATMコーナーに立入った行為は「侵入」にあたる。
(2)よって、建造物侵入罪(130条前段)が成立する。
2 Fの口座に振込送金を試みた行為について電子計算機使用詐欺未遂罪(250条、246条の2)が成立する。
3 Aのクレジットカードを用いてキャッシングをした行為について窃盗未遂罪(243条、235条)が成立する。
4 Gに対する暴行行為について、強盗致傷罪(240条前段)が成立するか。
(1)甲は、「強盗」にあたるか。事後強盗罪(238条)の成否が問題となる。
ア 1の3の通り、甲は窃盗未遂を行なっているから、「窃盗」にあたる。
イ 甲は、「逮捕を免れる目的」でGの胸を強く突くなどの「暴行」を行った。
ウ 甲の暴行は窃盗の機会に犯行を抑圧する程度で行われた。
エ よって、事後強盗未遂罪(243条、238条)が成立するため、「強盗」にあたる。
(2)Gは、全治10日の前胸部打撲傷を負っているから「負傷」といえる。
(3)甲の暴行は、強盗の機会に行われたといえる。
(4)よって、強盗致傷罪(240条前段)が成立する。
第4 以上より、①詐欺罪、②背任罪、③有印私文書偽造罪、④偽造有印私文書行使罪、⑤詐欺罪、⑥背任罪、⑦有印私文書偽造罪、⑧偽造有印私文書行使罪、⑨窃盗罪、⑩背任罪、⑪強盗殺人罪、⑫窃盗罪、⑬建造物侵入罪、⑭電子計算機使用詐欺未遂罪、⑮窃盗未遂罪、⑯強盗致傷罪が成立する。⑮と⑯は包括一罪となる。①、③、④は手段と結果の関係にあるから、牽連犯(54条1項後段)、⑤、⑥、⑦は牽連犯、①と②は「1個の行為」であるから観念的競合(54条1項前段)、⑤、⑥は観念的競合、⑨、⑩は観念的競合、⑬、⑭、⑮は牽連犯となる。
参考判例
・最決平成22・7・29刑集64巻5号829頁(搭乗券詐取事件)
・最決平成16・2・9刑集58巻2号89頁
・大判昭和9・7・19刑集13巻983号
・大阪高判昭和59・11・28高刑集37巻3号438頁
・最判昭和41・4・8刑集20巻4号207頁
コメント