【刑法事例演習教材】解答例!第47問(「母さん、僕だよ」

はじめに

司法試験受験生の皆さん、こんにちは。

このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、私が受験生時代に作成した刑法事例演習教材の解答例を公開しています。司法試験対策として、論点の整理と答案構成の参考にご活用ください。

第47問「母さん、僕だよ」は、いわゆる振り込め詐欺の典型的構造を題材に、詐欺罪の成立要件を多面的に検討する問題です。被害者を欺いて処分行為に導く構造をどう理解し、1項詐欺と2項詐欺をどのように区別し適用するかが問われます。加えて、共同正犯、詐欺未遂、電子計算機使用詐欺罪の成否、さらに通帳や携帯電話の不正取得に関する処罰根拠も含まれており、極めて総合的な理解が求められる事案です。

本解答例では、各主体の行為を個別に整理しつつ、それぞれの犯罪類型にどのように該当するかを明快に分析しています。実務的にも出題可能性の高いテーマであり、詐欺罪の基本構造を深く理解するための格好の素材といえるでしょう。

刑法事例演習教材の解答例として、本記事が皆さんの司法試験対策に少しでもお役立ていただければ幸いです。

解答例

第1 乙の罪責

1 A銀行B支店の行員Cに対して自己名義の普通預金口座の開設を申し込んだ行為について、Cに対する詐欺罪(246条1項)が成立するか。

(1)「財物」とは、経済的価値を有する有体物をいうところ、預金通帳とキャッシュカードはそれ自体の価値はないが、暗証番号と合わさることによって預金の払い戻しを受ける地位を得られるから、経済的価値を有し、「財物」にあたる。

(2)「欺いて」とは、財物の交付に向けて人を錯誤に陥らせることをいい、その内容は、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることである。

 乙は、真実は口座を開設した後、直ちに預金通帳やキャッシュカードを甲に譲渡する意図であるのにこれを秘して、自己名義の普通預金口座の開設を申し込んでいる。預金通帳は契約者本人が利用することが契約内容となっており、本人が利用することは当然の前提であるため確認手続きが省略されている。そのため、乙は、挙動により甲に譲渡する意図を偽ったといえる。

 金融機関は、預金取引に関する約款等において、預金口座の譲渡を禁止している。約款等は、預金口座の譲渡が犯罪に利用されるおそれもありこれを防止する経営上の必要性が認められる。そして、Cも乙が預金通帳やキャッシュカードを第三者に譲渡する意図があることを知っていれば、乙に対して口座開設に応ずることはなかった。そのため、Cにとっては、乙が甲に預金通帳やキャッシュカードを譲渡する意図が交付の判断の基礎となる重要な事項といえる。

 したがって、「欺いて」にあたる。

(3)行員Cは、預金通帳やキャッシュカードを乙が利用すると錯誤に陥り、乙は、当日、乙名義の預金通帳の交付を受けるとともに、数日後、自宅宛てにキャッシュカードの郵送を受けた。そのため、「交付させた」といえる。

(4)乙は、上記事実を認識しているから、故意(38条1項本文)が認められる。そして、生活費に窮しており、甲から30万円の報酬を受ける意図を有するから、不法領得の意思が認められる。

(5)よって、Cに対する詐欺罪(246条1項)が成立する。

2 携帯電話機の販売店Dにおいて、同店店長Eに対し、F社との通信サービス契約、及びプリペイド式携帯電話の申し込みをした行為について、Fに対する詐欺罪(246条1項、2項)が成立するか。

(1)通信サービスは、「財産上の利益」といえる。プリペイド式携帯電話は「財物」といえる。

(2)Eは、携帯電話機の販売店の店長として、Fから、携帯電話の交付及び通信サービス契約を締結する地位を与えられていたから、財産及び財産上の利益を処分できる権限が与えられていたといえる。したがって、Fに対する詐欺が問題となる。

(3)「欺いて」といえるかは、1(2)の基準で判断する。

 乙は、真実は、携帯音声通信事業者であるF社の承諾を得ないで、交付されるプリペイド式携帯電話機を甲に譲渡する意思であったのにこれを秘して、F社との間に自己を契約者とする通信サービス契約を締結し、さらにプリペイド式携帯電話2台の購入を申し込んだ。そのため、挙動により、甲に譲渡する意思を偽ったといえる。

 携帯電話サービスの契約者は、自己が契約者となっている携帯電話を他人に譲渡しようとする場合には、法律上、あらかじめ携帯音声通信事業者の承諾を得なければならない。Eも乙が携帯電話を第三者に譲渡する意図があることを知っていれば、乙に対して携帯電話を販売することはなかった。そのため、甲に譲渡する意思は、交付及び利益の処分の基礎となる重要な事項といえる。

 したがって、「欺いて」にあたる。

(3)Eは、乙が携帯電話を使用するものとの錯誤に陥り、プリペイド式携帯電話の交付を受けた。そのため、「交付させた」といえる。また、Fとの間で通信サービス契約を締結した。そのため、「利益を得」たといえる。

(4)乙は、上記事実を認識しているから、故意(38条1項本文)が認められる。そして、生活費に窮しており、甲から30万円の報酬を受ける意図を有するから、不法領得の意思が認められる。

(5)よって、詐欺罪(246条1項、2項)が成立する。

3 乙には、Cに対する詐欺罪、Fに対する2個の詐欺罪が成立する。Fに対する詐欺罪は観念的競合(54条1項後段)となり、これとCに対する詐欺罪は併合罪(45条前段)となる。

第2 甲の罪責

1 Cに対する詐欺及びFに対する詐欺について、詐欺罪の共同正犯(60条、246条1項、2項)が成立するか。

(1)共同正犯が認められる根拠は、他人の行為を利用して、結果発生に心理的・物理的因果性を及ぼす点にある。そこで、共謀、正犯性、共謀に基づく実行行為が認められるときに共同正犯が成立する。

 共謀とは、犯罪の共同遂行に関する合意を言い、犯罪の中核部分に意思連絡があればよい。甲は、乙に対して、乙名義で携帯電話と預金通帳を取得した上で、それらを自己に交付すれば30万円を支払う旨を申し向けると、生活費に窮していた乙は直ちにこれを引き受けた。そのため、甲と乙の間には、携帯電話と預金通帳の取得についての意思連絡があり、共謀が認められる。

 本件では、甲が振り込め詐欺をする意図を有し、乙に指示を与えているから、甲が主犯格といえる。そのため、正犯性が認められる。

 乙は、共謀に基づいてCとFに対する詐欺行為を行なっているから、共謀に基づく実行行為が認められる。

 したがって、詐欺罪の共同正犯(60条、246条1項)が成立する。

2 Gに対し、Gの息子になりすまし100万円を貸してほしいなどと言った行為に詐欺罪(246条1項)が成立するか。

(1)100万円の金銭が振り込まれれば、預金の払い戻しをする権限を取得するから、現金100万円の占有を取得したことと同視できる。そのため、100万円の預金債権は、「財物」といえる。

(2)「欺いて」にあたるかは、第1の1(2)の基準で判断する。

 甲は、Gに対して、その息子を装い、「母さん、僕だよ。何とかしないと逮捕されてしまう。100万円貸してほしい」などと嘘を言っている。そのため、息子であること及び100万円を穴埋めしないと逮捕されてしまうことを偽っている。

 Gは、息子が逮捕されてしまうことは防ぎたいと考えるのが通常であるから、電話の相手方がGではないと知っていれば、100万円を振り込まなかったといえる。そのため、息子が逮捕されることを防ぐために100万円が必要であることは、交付の判断の基礎となる重要な事項をといえる。

 したがって、「欺いて」にあたる。

(3)Gは、甲を息子であるとの錯誤に陥り、自己名義の普通預金口座から100万円を上記乙名義の預金口座に振り込む手続きを完了した。そのため、100万円の占有が甲に移転したから、「交付させた」といえる。

(4)甲は、上記事実を認識しているから、故意(38条1項本文)、不法領得の意思が認められる。

(5)よって、詐欺罪(246条1項)が成立する。

3 Jに対して還付金について虚偽の事実を述べた行為について、詐欺罪(246条1項)が成立するか、

(1)100万円の金銭が振り込まれれば、預金の払い戻しをする権限を取得するから、現金100万円の占有を取得したことと同視できる。そのため、100万円の預金債権は、「財物」といえる。

(2)「欺いて」にあたるかは、第1の1(2)の基準で判断する。

 甲は、Jに対し、電話で、「令和元年分の医療費が50万円分貯まっており、本日がその還付日となっています。今日中に手続をしないと返金できなくなってしまいます。」などと虚偽の事実を述べてA銀行M支店に行かせて、「これから申し上げる情報を入力してください」などと言葉巧みにJをだました。これは、還付金手続であることを偽ったといえる。

 Jは、還付金手続により、50万円の利益を得られるとの説明を受けている。Jは還付金の返還の手続でないと知っていれば50万円の振り込みを行なってないから、50万円の利益を得られることは、交付行為の判断の基礎となる重大な事項といえる。

 したがって、「欺いて」にあたる。

(3)「交付させた」とは、相手方の錯誤に基づいて財物の占有・利益を移転させることをいうところ、意思に基づいた移転といえるかが問題となる。

 詐欺罪の本質は、被害者の意思に基づいて財物や利益が移転する点にあるところ、被害者が移転の外形的な事実について認識があれば、被害者の意思に基づくから、窃盗罪と区別できる。

 移転する財物や利益の量や質を認識している必要はなく、移転の外形的な事実の認識があり、被害者の行為によって財物や利益が欺罔行為者に直接的に移転したといえるときに処分行為が認められる。

 Jは、本件振込みは、医療費還付のための手続であると認識しており、自らが振込みを行っているとの認識を有していなかった。そのため、50万円の移転を認識していないから「交付させた」といえない。

(4)よって、詐欺未遂罪(250条、246条1項)が成立するにとどまる。

4 上記行為について、電子計算機使用詐欺罪(246条の2)が成立するか。

 Jは、電子計算機詐欺罪にあたる行為を行なっていることを認識していないから、間接正犯が問題となる。

(1)「虚偽の情報」とは、当該事務処理の目的との関係で、その内容が真実に反する情報をいう[1]ところ、乙名義への振り込みは、Jの意思に反するから「虚偽の情報」にあたる。

(2)もっとも、甲は、預金債権を取得している。これは、3(1)で述べた通り、「財物」であって、「財産上の利益」にあたらない。

(3)よって、電子計算機使用詐欺罪は成立しない。

5 後述の通り、窃盗未遂罪の共同正犯が成立する。

6 甲には、①Cに対する詐欺罪の共同正犯、②Fに対する2個の詐欺罪の共同正犯、③Gに対する詐欺罪、④Jに対する詐欺未遂罪、⑤A銀行I支店に対する窃盗未遂罪が成立する。①と②は「1個の行為」であるから、観念的競合(54条1項前段)となる、⑤は④に吸収されて、包括一罪となる。その他は併合罪(45条前段)となる。

第3 丙の罪責

1 現金100万円を引き出した行為について、A銀行I支店に対する窃盗罪(235条)が成立するか。

(1)「窃取」とは、占有者の意思に反して財物の占有を自己又は第三者の占有下に移転することをいう。

 丙は甲から、口座から預金を下ろすことを許されているものの、これはあくまで乙の口座である以上、甲にも丙にも払戻し権限は認められず、預金について法律上の占有は認められない。そのため、丙の引き出し行為は、事実上の占有をするA銀行I支店の意思に反して預金の占有を自己に移転したといえるから、「窃取」にあたる。

(2)また、丙は、本件預金口座は甲が不正に取得したものであることを認識していたのであるから、故意(38条1項本文)も認められる。

(3)よって、窃盗罪(235条)が成立する。

2 Jから送金された50万円を引き出そうとした行為について、窃盗未遂罪(243条、235条)は成立するか。

 丙が引き出そうとする前に口座の取引停止措置が講じられていたのであるから、50万円の占有が移転していない。もっとも、丙の行為は不能犯ではないか。

 未遂犯の処罰根拠は、既遂結果に至る客観的危険性を発生させた点にある。危険性は、必ずしも物理的・科学的危険を意味するものではなく、社会通念を基礎とする類型的な危険である。また、行為者が危険を認識していたときは危険性があるといえる。

 そこで、行為時に一般人が認識し得た事情及び行為者が特に認識していた事情を基礎として客観的に危険性がないとき、不能犯となる。

 本件では、口座の取引停止措置が講じられたのは引き出そうとする直前であって、一般人からしても結果発生の危険性が感じられるから、未遂犯が成立するといえる。

 したがって、窃盗未遂罪(243条、235条)が成立する。

3 丙には、窃盗罪と窃盗未遂罪が成立し、併合罪(45条前段)となる。

参考判例

[1] 最決平成18・2・14刑集60巻2号165頁。

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刑法
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