はじめに
司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、私が受験生時代に作成した刑法事例演習教材の解答例を公開しています。実践的な事例を通して論点を整理し、答案構成の力を身につけることを目指しています。
第40問「留置場での悪巧み」では、証拠偽造罪および犯人隠避罪の成否が主要な検討課題となります。いずれも試験で頻出の論点とは言えませんが、近年、これらの論点に関して最高裁決定が出されており、その判断枠組みを理解し整理しておくことは重要です。証拠偽造罪の客体や行為の性質、犯人隠避の成立に必要な行為内容といった細かい法的評価が求められる事案です。
この解答例では、近時の判例の立場を踏まえながら、事実に即したあてはめを行い、答案としてどのように論じるべきかを具体的に示しています。マイナーな論点であっても丁寧に対応することで、試験本番での応用力を高めることができるでしょう。
刑法事例演習教材の解答例として、本記事が皆さんの理解を深め、司法試験対策に少しでも役立てば幸いです。ぜひご活用ください。
解答例
第1 乙の罪責
1 甲を不起訴にしてもらうため、虚構の事実を供述した行為について証拠偽造罪(104条)が成立するか。
(1)「偽造」とは、存在しない証拠を新たに作成することをいう。
偽証罪は宣誓証人による偽証のみを処罰対象としているから、宣誓をしていない参考人の虚偽供述を処罰すべきではない。
そのため、他人の刑事事件に関し、虚偽の供述をしたとしても、「偽造」にあたらない。その虚偽の供述が供述調書に記録されたとしても「偽造」にあたらない[1]。
(2)よって、証拠偽造罪は成立しない。
2 同行為について犯人隠避罪(103条)が成立するか。
(1)「隠避」とは、捜査機関による発見・逮捕を免れさせる一切の行為をいう。犯人隠避罪の保護法益は、犯人の特定と身体拘束にある。そして、犯人隠避罪は、抽象的危険犯であるから、身体の確保が妨げられるときには、「隠避」といえる[2]。
具体的には、①捜査機関に対して行った虚偽の供述に犯人に対して嫌疑を直接的に消滅させる証拠価値がある場合で、かつ、②当該虚偽供述の信用性を積極的に示す行為等がなされることで、犯人に対する追及の可能性を失わせる現実的な危険を有する行為であることを要する[3]。
乙の供述は、「乙が覚醒剤をカプセルの中に入れ『風邪薬』だと言って、甲に渡した」というものである。そのため、甲の覚醒剤使用の認識を否定する間接事実となるから、捜査機関の勾留を免れさせることに直接関わる虚偽供述である。甲と乙は、口裏合わせをしている。これによって、乙に対する確認という手段を奪うから、乙の供述の信用性チェックが困難となり、虚偽供述の真実性を増幅させるから、客観的に刑事司法作用を誤らせる危険性を有する。したがって、「隠避」にあたる。
(2)よって、犯人隠避罪(103条)が成立し、罪責を負う。
第2 甲の罪責
1 乙の供述について、甲に犯人隠避罪の教唆犯(61条1項、103条)が成立するか。
(1)甲は犯人隠避罪における「罰金以上の刑に当たる罪を犯した者」自身である。そのため、犯人隠避罪の主体となり得ない。その趣旨は、犯人自身が発覚を免れることに対する期待可能性がないことにある。もっとも、他人を教唆して隠避目的を達成するのは、防御権の濫用である。そのため、犯人自身にも教唆犯は成立する。
(2)「教唆」とは、他人に特定の犯罪を実行する決意を生じさせることをいう。
甲は、乙に対し、「あんたがおれに覚醒剤を飲ませたことにしてくれないか。そうしてくれれば、覚醒剤を50グラムやるし、出てきてから仕事の面倒もみる」と言っている。これによって、乙は覚醒剤の誘惑に負けたことなどから、その話を引き受けることにした。そのため、甲が乙の犯行を決意させたといえるから、「教唆」にあたる。
(3)よって、犯人隠避罪の教唆犯(61条1項、103条)が成立し、罪責を負う。
参考判例
[1] 最決平成28・3・31刑集70巻3号58頁。
[2] 最決平成元年5月1日刑集43巻5号405頁。
[3] 最決平成29・3・27刑集71巻3号183頁。
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