はじめに
司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、私が受験生時代に作成した刑法事例演習教材の解答例を公開しています。刑法の基本的理解を深め、答案作成の実践的感覚を養うための参考資料としてご活用いただければ幸いです。
第39問「渡る世間は金ばかり」では、融資に関する判断の妥当性が問題となり、それが背任罪に該当するかどうかが中心的な論点となります。背任罪においては、「他人のためにその事務を処理する者」に該当するか、そしてその者の行為が自己または第三者の利益を図り、他人に損害を加える「任務違背行為」にあたるかが厳密に問われます。
刑法事例演習教材の解答例として、皆さんの司法試験対策に少しでも役立つことを願っています。
解答例
第1 乙の罪責
1 甲に対して、無担保で1000万円の融資を行った行為について背任罪(247条)が成立するか。
(1)乙は、B信用金庫C支店の支店長である。B信用金庫の内規においては、支店長は5000万円を限度として、自己の判断で融資を決定することができる権限を有していた。そのため、乙は、B信用関係との委託信任関係に基づいてB信用金庫の名義で本件融資をするから、「他人のためにその事務を処理する者」にあたる。
(2)背任罪の保護法益は行為者に事務処理権限が与えられていることから、全体財産にある。そのため、全体財産に対する減少の現実的な危険性が生じた時点で「財産上の損害」が認められる。
無担保で1000万円の融資をすることは、その回収が事実上困難である。そのため、融資の時点で「任務を背く行為」をし、「財産上の損害を加えた」といえる。
(3)図利加害目的の趣旨は、行為者が本人の利益を図ってした場合には、客観的に任務違背行為があったとしても任務に背く意思がない場合の処罰を否定する点にある。
そこで、任務違背行為の主たる動機が図利加害目的にあるときは、図利加害目的が認められる。
本件融資に際して、乙は、事件が公になれば自分の支店長としての責任を追及されると怖れており、責任追及を免れようという意図を有していたものの、むしろB信用金庫の信用等を守ろうとする意図が主たる動機であった。そのため、図利加害目的は認められない。
(4)よって、背任罪は成立しない。
2 甲の申し出に応じ、5000万円の融資を行うことを決定した行為について背任罪(247条)が成立するか。
(1)1と同様に、乙は、「他人のためにその事務を処理する者」にあたる。
(2)甲は、融資の担保として、その間、相続によって取得した自己所有の土地Dを供することを約束したが、当該土地の評価額は高く見積もっても3000万円程度であり、担保割れになることは明らかであった。そのため、土地Dのみを担保として5000万円を貸し点けた時点で、債権回収が困難であるから、B信用金庫の責任財産が減少する。そのため、融資の時点で「任務を背く行為」をし、「財産上の損害を加えた」といえる。
(3)乙は、幸楽の経営が逼迫していることを熟知しており、融資に応じなければ、同社がたちまち倒産し、以前の融資も回収不能となることが予想されたため、自分の責任が問われることを懸念して、甲の申し出に応じた。そのため、自己の保身を図る目的があるから、「自己の利益を図る目的」が認められる。
(4)よって、背任罪(247条)が成立する。
3 乙は、背任罪の罪責を負う。
第2 甲の罪責
1 乙に対して「1000万円ほど貸してくれ、担保なんか後だ」、「お前のところのゴルフ場がらみの不正を公表してもいいんだぞ」などと申し向けた行為について恐喝罪(249条1項)が成立するか。
(1)甲は、1000万円の預金債権を取得することになる。預金債権は、入金があれば迅速かつ容易に払い戻しができるから、現金の授受と同視できる。そのため、「財物」にあたる。
(2)「恐喝」とは、財物の交付に向けて、人を畏怖させるに足りる暴行・脅迫であって、反抗抑圧に至らない程度のものをいう。
甲は、1000万円の交付に向けて、無担保で1000万円を貸し付けることを求めている。不正を公表することによって、B信用金庫C支店の社会的信用が低下するおそれがあるから、名誉に対する害悪の告知である。したがって、「恐喝」にあたる。
(3)乙は、甲が右翼団体幹部Aと親密な関係にあることを知っており、このままだとB信用金庫の信用・業務に対する危険が生じかねないと畏怖して、甲に対して、無担保で1000万円の融資を行うことを約束した。そして、畏怖に基づき、11月9日、C支店に幸楽株式会社代表取締役甲名義の預金口座を開設させ、同支店職員に命じて、同支店設置のオンラインシステム端末機を操作させ、貸付金名下に、上記預金口座に1000万円を入金する処理を行わせた。したがって、「交付させた」といえる。
(4)甲は、上記事実を認識しているから、故意(38条1項本文)が認められる。
(5)よって、恐喝罪(249条1項)が成立する。
2 乙が、甲の申し出に応じ、5000万円の融資を行うことを決定した行為について背任罪の共同正犯(60条、65条1項、247条)が成立するか。
(1)共同正犯が認められる根拠は、他人の行為を利用して、結果発生に心理的・物理的因果性を及ぼす点にある。そこで、共謀、正犯性、共謀に基づく実行行為が認められるときに共同正犯が成立する。
ア 共謀とは、犯罪の共同遂行に関する合意をいい、犯罪の中核部分に意思連絡があればよい。乙は、甲の申し出に応じているから、5000万円の融資についての意思連絡がある。そのため、共謀が成立する。
イ 甲は、本件融資が明らかに不自然なものであり、通常では融資を受けられない状況にあることを十分認識していた。そして、乙が自己らの責任を回避し、保身を図る目的で本件融資に応じていることを知っていた。これに加えて、甲と乙は親密な関係を継続しており、乙の判断によって「幸楽」に対する融資が継続的に行われていた。また、甲も、乙の依頼を受けて、C支店の不良債権を過少に見せかける工作などに協力していた。そして、乙は、幸楽の経営が逼迫していることを熟知しており、融資に応じなければ、同社がたちまち倒産し、以前の融資も回収不能となることが予想されたため、自分の責任が問われることを懸念して、甲の申し出に応じた。そのため、甲は、融資を行わなければならない状況を利用して、融資の実現に加担したといえる。したがって、甲には正犯性が認められる。
ウ 乙は、共謀に基づいて5000万円を融資しているから、共謀に基づく実行行為が認められる。
(2)甲は、B信用金庫C支店のために「事務を処理する者」という身分を有しないが、乙の行為を通じてB信用金庫C支店の全体財産を減少させるという結果に因果性を及ぼすことができるから、65条1項によって、共同正犯が成立する。
(3)よって、背任罪の共同正犯(60条、247条)が成立する。
3 E社との間で土地Dを2000万円で売却する旨の契約を締結し、同土地に関する所有権移転登記手続を完了した行為について背任罪(247条)が成立するか。
(1)抵当権設定者は、抵当権設定登記に協力する義務を負う。そのため、甲は、「他人のためにその事務を処理する者」にあたる。
(2)それにもかかわらず、甲は、「抵当権を登記されるといろいろ面倒だから、登記しないでほしい」と言い、E社に対する所有権移転登記手続を完了することで、B信用金庫はE社に対して抵当権を対抗できなくなっている。そのため、E社との間で売買契約を締結した時点で、「任務を背く行為」をし、「財産上の損害を加えた」といえる。
(3)甲は、資金調達の目的を有しているから、「自己の利益を図る目的」が認められる。
(4)よって、背任罪(247条)が成立する。
4 同行為についてE社に対する詐欺罪(246条1項)が成立するか。
(1)「欺いて」とは、財物の交付に向けて人を錯誤に陥らせることをいい、その内容は、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることである。
甲は、土地DについてB信用金庫のための抵当権が設定されているにもかかわらず、これを告知していない。そのため、抵当権が設定されている事実を偽ったといえる。
抵当権が設定されている土地は、所有権を失う可能性があるから、土地の買主は、担保権の設定を気にするのが合理的である。そして、E社の担当者Fは、土地DにB信用金庫のための抵当権が設定されていることを認識しておらず、もし、そのような事情を知っていれば、土地の売買に応じることはなかった。そのため、土地Dに抵当権が設定されていることは、交付の判断の基礎となる重要な事項である。
したがって、「欺いて」にあたる。
(2)Fは、抵当権が設定されていないとの錯誤に陥り、錯誤に基づいて2000万円を交付することを約束した。
(3)甲は、上記事実を認識しているから、故意(38条1項本文)、不法領得の意思が認められる。
(4)よって、少なくとも詐欺罪未遂罪(250条、246条1項)が成立する。
5 甲には、①恐喝罪、②B信用金庫に対する背任罪の共同正犯、③B信用金庫に対する背任罪、④E社に対する詐欺罪が成立する。③と④は、「1個の行為」であるから、観念的競合(54条1項前段)となる。その他は、併合罪(45条前段)となる。
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