はじめに
司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、私が受験生時代に作成した刑法事例演習教材の解答例を公開しています。重要論点に対する理解を深め、答案構成力を磨くための一助となることを目指しています。
第37問「某球団ファンの暴走・その2」では、詐欺罪の成立要件のうち「交付行為」が中心的な検討対象となります。詐欺罪においては、被害者の財産的処分行為と、それに基づく財物の交付という因果関係の認定が極めて重要です。本問では、交付の主体や意思決定の構造をどのように評価するかが問われます。
この解答例では、交付行為の判断枠組みを明確に整理し、事例に即して論理的に検討を加えています。詐欺罪における「被害者の意思に基づく処分行為」とは何か、という基本的な理解を確認する好材料となるでしょう。
刑法事例演習教材の解答例として、本記事が皆さんの司法試験学習に少しでも役立てば幸いです。ぜひ参考にしてみてください。
解答例
第1 乙の罪責
1 Aの自宅玄関の戸を開けて中に入った行為について住居侵入罪(130条前段)が成立するか。
(1)「侵入」とは、管理権者の合理的意思に反する立ち入りをいうところ、乙は、窃盗目的でAの自宅に立入っているから、乙の立入りは、管理権者Aの合理的意思に反する。したがって、「侵入」にあたる。
(2)よって、住居侵入罪(130条前段)が成立する。
2 「スポーツ用品メーカーのC社の者です」と嘘をつき、Aの野球用具を探してくれるようAの妹Bに言った行為について対する詐欺罪(246条1項)が成立するか。
(1)Bは、Aの家に滞在する際には、Aの部屋の掃除をしていた。そのため、Bには、Aのために財産を処分できる地位にあったといえる。したがって、詐欺の被害者はAである。
(2)「欺いて」とは、財物の交付に向けて人を錯誤に陥らせることをいい、その内容は、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることである。
乙は、Aの妹Bに対してC社の者であると偽っている。Aはプロ野球選手であるから、欺罔者がスポーツ用品メーカーであるとすれば、野球道具の手入れをすることが通常である。そして、Bは、乙がスポーツ用品メーカーの者でないと知っていれば、Aの道具を渡さないといえる。したがって、乙がスポーツ用品メーカーの者であることは、交付の判断の基礎となる重要な事項であり、「欺いて」にあたる。
(3)交付行為とは、相手方の錯誤に基づいて財物の占有・利益を移転させることをいう。Bは、電話が鳴り、今に引っ込んだところ、乙は、Bが戻って来る前にそのまま何も言わずにAの家を出て立ち去った。そのため、意思に基づいた移転といえるかが問題となる。
詐欺罪の本質は、被害者の意思に基づいて財物や利益が移転する点にあるところ、被害者が移転の外形的な事実について認識があれば、被害者の意思に基づくから、窃盗罪と区別できる。
そのため、移転の外形的な事実の認識があり、被害者の行為によって財物が欺罔行為者に直接的に移転したといえるときに交付行為が認められる。
Bは、乙がスポーツ用品メーカーの者であるとの錯誤に陥り、Bは、クロゼットの中にバット1本とグローブ1つが置いてあるのを見つけ、これを持って玄関に戻ってきた。これによって、客観的に乙が自由に支配できる状態になった。そして、Bは、乙が求めていた物かを確かめるように言っているから、甲が求めていた物であれば、Bに交付する意思があったといえる[1]。したがって、「交付させた」といえる。
(4)甲は、上記事実を認識しているから、故意(38条1項本文)、不法領得の意思が認められる。
(5)よって、Aに対する詐欺罪(246条1項)が成立する。
3 20万円でバットとグローブを丙に譲渡した行為について丙に対する詐欺罪(246条1項)が成立するか。
(1)乙は、「あるところで手に入れたんやけど」といい、詐取したことを秘している。丙は、もし違法な手段で手に入れた物であることを知っていれば、20万円で買うことはなかった。そのため、交付の判断となる重要な事項を偽ったといえるから、「欺いて」にあたる。
(2)丙は、バットとグローブを乙が正当な手段で手に入れたと思っているから、錯誤に基づいて20万円で買っており、「交付させた」といえる。
(3)乙は、上記事実を認識しているから、故意(38条1項本文)、不法領得の意思が認められる。
(4)よって、丙に対する詐欺罪(246条1項)が成立する。
4 乙には、①住居侵入罪、②Aに対する詐欺罪、③丙に対する詐欺罪が成立する。①と②は手段と結果の関係にあるから牽連犯(54条1項後段)となる。
第2 甲の罪責
1 乙の住居侵入及び詐欺について詐欺罪の共同正犯(60条、250条、246条1項)が成立するか。
(1)共同正犯が認められる根拠は、他人の行為を利用して、結果発生に心理的・物理的因果性を及ぼす点にある。そこで、共謀、正犯性、共謀に基づく実行行為が認められるときに共同正犯が成立する。
ア 共謀とは、犯罪の共同遂行に関する合意をいい、犯罪の中核部分に意思連絡があればよい。甲は、乙に対し、「Aの家に忍び込んでAの野球用具や身の回りの物を盗んできてくれ。」と依頼し、乙はこれを承諾している。そのため、Aの自宅への立入と野球道具の窃取についての意思連絡があるから、共謀が認められる。
イ 甲は、Aの野球用具を欲しがっており、乙に依頼している立場である。また、手に入れた道具を自己の物とするつもりであるから、犯行の動機がある。そのため、正犯性が認められる。
ウ 乙は、共謀に基づいて詐取しているから、共謀に基づく実行行為が認められる。
(2)甲は、「Aは独身で昼間は家にいないはずや。」と考えているから、詐欺の故意がない。そのため、共犯間の錯誤が問題となる。
犯罪事実は構成要件として類型化されているから、認識していた事実と発生した事実が構成要件の範囲内で重なり合う限度で故意が認められる。
そこで、共同正犯においては、構成要件の重なり合う限度で共同正犯が成立し、重い故意をもつ者には重い罪の単独正犯が成立する。
窃盗罪と詐欺罪は、財産を保護法益とする点では共通するが、意思に反する占有移転と意思に基づく占有移転である点で、行為態様が異なる。そのため、構成要件の重なり合いが認められないから、甲には故意が認められない。
2 よって、住居侵入罪の限度で共同正犯が成立(60条、130条前段)し、甲は罪責を負う。
第3 丙の罪責
1 バットとグローブを手に入れた行為について盗品等有償譲受け罪(256条2項)が成立するか。
(1)バットとグローブは乙が詐取したものであり、20万円で買っているから、「有償で譲り受け」たといえる。
(2)しかし、丙は、バットとグローブを乙が正当な手段で手に入れたものと思っており、盗品性の認識を欠く。
(3)よって、盗品等有償譲受け罪は成立しない。
2 よって、丙は何ら罪責を負わない。
第4 関連設問
1 丙がバットとグローブを持ち続けた行為について盗品等保管罪(256条2項)が成立するか。
(1)バットとグローブは、甲の詐取行為によって「領得された物」にあたる。
(2)丙がバットとグローブを持ち続けることは、「保管」にあたる。
(3)丙は、バットとグローブを乙が正当な手段で手に入れたものと思っており、盗品性の認識を欠くのではないか。
盗品等保管罪の本質は、被害者の追求権侵害と本犯助長的性格にある。そして、盗品等保管罪は継続犯であるから、盗品等であると知った後で保管する行為は、被害者の追求権侵害であり、本犯を助長する。そのため、盗品性の認識が認められる[2]。
丙は、翌日の昼のニュースで事件が報道されたため、丙は、自分が買ったバットとグローブが乙か誰かの犯罪行為によって得られたものであることを知った。そのため、この時点以降は、盗品であることを認識しているから、盗品性の認識を欠かない。
2 よって、盗品等保管罪(256条2項)が成立し、丙は罪責を負う。
参考判例
[1] 風呂敷包み持ち去り事件(最判昭和26・12・14刑集5巻13号2518頁)。
[2] 最決昭和50・6・12刑集29巻6号365頁。
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