【刑法事例演習教材】解答例公開!第34問(金とカードと男と女)

はじめに

司法試験受験生の皆さん、こんにちは。

このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、私が受験生時代に作成した刑法事例演習教材の解答例を公開しています。複雑な論点が絡み合う事例を通して、刑法の理解を深め、答案作成力を養うことを目的としています。

第34問「金とカードと男と女」は、業務上横領罪を中心に、共犯と身分犯、詐欺罪、恐喝罪、ATMを利用した窃盗、さらには不能犯に関する検討も必要となる、多論点型の事案です。事実関係が錯綜しており、それぞれの行為がどの犯罪に該当するか、また共犯関係がどのように成立するかについて、丁寧な構成と法的整理が求められます。

この解答例では、事実の評価と法的構成を段階的に整理しつつ、各論点にバランスよく対応するよう努めています。多くの論点に直面することになる本問を通じて、複雑な事案への思考プロセスを身につけてください。

刑法事例演習教材の解答例として、本記事が皆さんの司法試験対策に役立てば幸いです。ぜひご活用ください。

解答例

第1 甲の罪責

1  甲がB名義の口座から現金200万円を引き出した行為について、業務上横領罪(253条)は成立するか。

(1)「業務」とは、社会生活上の地位に基づいて反復又は継続して行われる事務をいうところ、甲は、A社の経理事務員として占有していたから、「業務」にあたる。

(2)B名義の口座内の預金はBの所有といえるから、「他人の物」といえる。

(3)横領罪の保護法益は、物に対する所有権であるから、ここでいう占有とは所有権侵害を招来しうる状態であることで足りる。

 そこで、「自己の占有」とは、物に対する事実的支配だけではなく、法律上の支配も含む。法律上の支配とは、法律上自己が容易に他人の物を処分できる状態をいう。そして、委託物(単純)横領罪は、二次的保護法益として、委託信任関係があるから、委託信任関係に基づき占有することを要する。

 ア 甲は、株式会社Aの経理事務員として経理全般を任されており、A代表取締役B名義の普通預金口座(C銀行D支店)の預金通帳、印鑑、キャッシュカードを管理していた。そのため、Bの金銭を手元で直接保管しているのと同視しうるから、「占有」が認められる。

 イ そして、A社の経理担当者として、A社の営業に必要な現金を上記B名義の預金口座から出金し、売上金を同口座に入金するほか、仕入れ先に対して振り込み送金をするなどの業務に従事していた。事前または事後にBの決裁を仰ぐ必要はなく、甲自身の判断においてこれらの業務を行うことが許されていた。そのため、A社との信任関係に基づき正当な払戻し権限を有していたといえる。

(4)「横領」とは、不法領得の意思を発現または実現する行為であり、その実質は、所有権に対する現実的危険を生じさせることにある。

 不法領得の意思とは、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに、所有者でなければできないような処分をする意思をいう[1]

 甲は、A社の営業目的ではなく乙に金銭を交付する目的で預金を引き出した時点で、経理事務の任務に背いてA社の所有権侵害を生じさせているから、不法領得の意思が実現したといえ、「横領」にあたる。

(5)甲は上記事実を認識認容しているから、故意(38条1項本文)が認められる。

2 よって、業務上横領罪が成立する(253条)。

第2 乙の罪責

1 甲に対してやくざの男に脅されていると嘘をいい、200万円を交付させた行為につき、詐欺罪(246条1項)は成立するか。

(1)「欺いて」とは、財物の交付に向けて人を錯誤に陥らせることをいい、その内容は、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることである[2]

 乙は、やくざの男から脅されているという事実はないにもかかわらず、「やくざの女と遊んでいることがばれてしまった。どうしよう。やくざからは200万円用意すれば今回の件はなかったことにしてやる」と申し向けている。甲にとっては愛する乙に、生命・身体への危険が迫っていることが嘘であると知れば、200万円を払わなかったといえるから、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ったといえる。したがって、「欺いて」にあたる。

(2)甲は、乙がやくざに脅されていると錯誤に陥り、200万円を引き出し、乙に対して、やくざとの手打ち金として200万円を交付した。そのため、「交付させた」といえる。

(3)甲は、上記事実を認識認容しているから、故意(38条1項本文)があり、その後10日ほどの間に遊興費として費消しているから、不法領得の意思が認められる。

(4)よって、詐欺罪(246条1項)が成立する。

2 甲に成立した業務上横領罪につき、乙に共謀共同正犯(60条、253条)は成立するか。

(1)共同正犯が認められる根拠は、他人の行為を利用して、結果発生に心理的・物理的因性を及ぼすことにある。そこで、共謀、正犯性、共謀に基づく実行行為が認められるときに共同正犯が成立する。

 ア 共謀とは、犯罪の共同遂行に関する合意をいう。犯罪の中核部分に意思連絡があればよい。甲は乙に対して会社のお金を貸してあげると申し向けており、これに対して乙は甲が会社の金に不正に手をつけることを認識した上でこれを了承しているから、甲がA社の金に不正に手を付けることについての意思連絡が認められる。したがって、共謀が成立する。

 イ 横領行為は、乙の詐欺によって甲が錯誤に陥って行われるから、乙が主体的に関与しえいる。そして、横領した200万円は全て乙に帰属する。したがって、乙に正犯性が認められる。

 ウ 甲は、共謀に基づいて業務上横領しているから、共謀に基づく実行行為が認められる。

 エ したがって、共同正犯が成立する。

(2)業務上横領罪は身分犯であるから、身分を有しない乙が罪責を負うか問題となる。

 非身分者に身分の連帯性を認める根拠は、非身分者が身分者の行為を通じて結果発生に因果性を及ぼすことにある。そのため、真正身分犯に関与した非身分者は、「共犯」になる。不真正身分犯は、同じ構成要件的行為を行った者の中でも身分者と非身分者とに異なる構成要件を設け異なる刑を科すこととしているから、非身分者には刑を加重すべきでない。

 そこで、1項は真正身分犯について身分の連帯作用を規定し、2項は不真正身分犯について身分の個別的作用を規定したものであると考えるべきである。

 そうすると、占有者という真正身分を有しない非身分者には65条1項によって、横領罪の共犯が成立し、業務上の占有者という不真正身分を有しないから、65条2項が適用され、非身分者には横領罪が成立するとも思われる。

 しかし、複合的身分犯では、身分犯と真正身分犯を形式的に区別することは合理的ではないから、1項は真正身分犯及び不真正身分犯における共犯の成立を定めたものとすべきである[3]

 よって、乙には65条1項によって、業務上横領罪の共同正犯(60条、253条)が成立する。

3 乙が甲を脅して、キャッシュカードを交付させた行為について恐喝罪(249条1項)が成立するか。

(1)「財物」とは、経済的価値を有する有体物をいうところ、キャッシュカードはそれ自体の価値はないが、暗証番号と合わさることによって預金の払い戻しを受ける地位を得られるから、経済的価値を有し、「財物」にあたる。

(2)「恐喝」とは、財物の交付に向けて、人を畏怖させるに足りる暴行・脅迫であって、犯行抑圧に至らない程度のものをいう。

 乙は、「会社の金を使い込んだことをばらすぞ」と言っており、甲の社会的信用を低下させるから、名誉に対する害悪の告知である。したがって、「恐喝」にあたる。

(3)甲は、乙の脅迫に畏怖して普通預金口座(E銀行F支店)のキャッシュカードを交付した。そのため、「交付させた」といえる。

(4)乙は、上記事実を認識認容しているから、故意(38条1項本文)が認められる。

(5)よって、恐喝罪(249条1項)が成立する。

4 現金を引き出すためにE銀行F支店のATMコーナーに立ち入った行為は、後述のように窃盗目的である以上管理者の意思に反する立ち入りといえ、「侵入」にあたるから、建造物侵入罪(130条前段)が成立する。

5 E銀行F支店のATMから10万円を引き出した行為について窃盗罪(235条)は成立するか。

(1)「窃取」とは、占有者の意思に反して、財物の占有を自己に移転させることをいう。

 乙は甲から甲名義の口座のキャッシュカードと暗証番号を聞き出しているが、これは恐喝によって取得したものであり、払戻し権限の付与は無効であるから、乙は正当な払戻し権限を有しておらず、法律上の占有が認められない。したがって、横領罪は成立しない。

 そうすると、乙の引き出し行為はE銀行の意思に反して、その占有を自己の占有下においたといえるから、「窃取」にあたる。

(2)したがって、窃盗罪(235条)が成立する。

6 E銀行F支店のATMで預金を引き出そうとしたが失敗に終わった行為について事後強盗未遂罪(243条、238条)は成立するか。

(1)乙は「窃盗」にあたるか。窃盗罪(235条)の成立が問題となる。

 乙が引き出そうとした時点では既に甲により取引停止の措置が取られていた以上、乙の行為は不能犯として犯罪が成立しないのではないか。

 未遂犯の処罰根拠は、既遂結果に至る客観的危険性を発生させた点にある。危険性は、必ずしも物理的・科学的危険を意味するものではなく、社会通念を基礎とする類型的な危険である。また、行為者が危険を認識していたときは危険性があるといえる。

 そこで、行為時に一般人が認識し得た事情及び行為者が特に認識していた事情を基礎として客観的に危険性がないとき、不能犯となる。

 本件では、甲がE銀行に連絡を入れ、取引停止の措置をとったのは乙が2回目の引き出しをしようとする直前であったから、一般人の観点からすると占有移転の現実的危険性が認められる。

 したがって、不能犯とはならず、窃盗未遂罪(243条、235条)が成立する。

(2)「暴行」は、反抗抑圧に足りる程度のものでなければならない。心理的・物理的に財物の奪取行為に対する抵抗ができなくなったと客観的に認められるときには、反抗抑圧に足りる程度といえる。

 乙は、Gを突き飛ばして逃げようとしたが、結局Gに取り押さえられてしまった。そのため、Gの反抗を抑圧する程度にはなかったといえるから、事後強盗罪の「暴行」にあたらない。

(3)よって、窃盗未遂罪(243条、235条)と暴行罪(204条)が成立するにとどまる。

7 乙には、①詐欺罪、②業務上横領罪の共同正犯、③恐喝罪、④建造物侵入罪、⑤窃盗罪、⑥窃盗未遂罪、⑦暴行罪が成立する。

 ①と②は観念的競合(54条1項前段)、④と⑤、④と⑥は目的と手段の関係にあり、牽連犯(54条1項後段)、その他は併合罪(45条前段)となる。

参考判例

[1] 最判昭和24・3・8刑集3巻3号276頁。

[2] 搭乗券詐取事件(最決平成22・7・29刑集64巻5号829頁。

[3] 最判昭和32・11・19刑集11巻12号3073頁。

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刑法
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