【刑法事例演習教材】解答例公開!第28問(元風俗嬢の憤激)

はじめに

司法試験受験生の皆さん、こんにちは。

このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、私が受験生時代に作成した刑法事例演習教材の解答例を公開しています。司法試験の刑法対策において、本教材をどのように活用し、どのように答案を構成するかは、多くの受験生にとって重要な関心事でしょう。

第28問「元風俗嬢の憤激」では、正当防衛の成立に関連して、侵害が終了した後に行われた反撃行為をどのように評価するかが中心的なテーマとなります。本問は、反撃行為の一体的評価という難解な論点を含んでおり、答案作成においては、事実認定と法的評価の両面で慎重な検討が必要となる問題です。

この解答例は、私自身が受験生の頃、教材の解説を丁寧に読み込みながら作成したものであり、刑法事例演習教材の理解を深め、答案の具体的なイメージを持つうえで参考にしていただけると思います。ご自身の答案と比較しながら、論点整理や構成の確認にぜひご活用ください。

刑法事例演習教材の解答例として、本記事が皆さんの司法試験対策に少しでも役立てば幸いです。

解答例

第1 包丁立てに立ててあった包丁を手に取り、Aの右腰部を力を込めずに1回軽く突き刺した行為(以下「第1行為」という。)について傷害罪(204条)が成立するか。

1 「傷害」とは、人の生理的機能を侵害することをいうところ、包丁で突き刺す行為は人の生理的機能を侵害する危険があり、Aに刺さっているから、「傷害」にあたる。

2 甲は、上記事実を認識しているから、故意(38条1項本文)が認められる。

3 甲には正当防衛(36条1項)が成立し、違法性が阻却されるか。

(1)「急迫」とは、法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫っていることをいう[1]

 Aは、右手で甲の右手をつかんで甲の背中に回してねじ上げ、その手をAの左手で押さえ、空いた右手で菜箸2本を揃えてつかんで、甲の目尻や唇の横辺りに後方から突き付け、「あごをぶち抜いて、目ん玉ぶち抜いてやることもできるんだぞ。ぶっ殺してやる」などと言った。そのため、甲の身体に対する侵害が現に存在しているから、「急迫」性が認められる。

(2)「防衛するため」の行為は、文言上、防衛の意思が必要であり、その内容は、急迫不正の侵害を避けようとする単純な心理状態をいう。

 甲は、本当に菜箸で刺されてしまうのではないかと恐怖を感じ、防衛行為を行っている。そのため、防衛の意思が認められる。

(3)「やむを得ずにした」とは、防衛行為としての必要性および相当性を有する行為をいう。侵害に対する防衛手段として相当性を有する以上、その反撃行為により生じた結果がたまたま侵害されようとした法益より大であっても、その反撃行為が正当防衛行為でなくなるものではない[2]

 たしかに、甲は、Aから菜箸を取り上げて流し台に投げ入れているから、菜箸でのAの身体に対する侵害は無くなっている。そのため、これで防衛行為として十分であるとも思われる。しかし、Aは、執拗な暴行を受けており、「ぶっ殺してやる」と言っているから、素手による暴行が継続することが想定される。また、甲は女性であるのに対して、Aは男性であるから、素手による防衛行為によって、Aからの侵害を防ぐことは困難である。そうすると、Aに痛みを伴わせる防衛行為を行うことが効果的である。そして、甲は、力を込めずに1回だけ刺しているから、必要最小限の防衛行為といえる。

 したがって、「やむを得ずにした」といえるから、正当防衛(36条1項が)成立し、違法性阻却される。

4 よって、傷害罪は成立しない。

第2 Aから包丁を奪い取った上、その包丁でAの腹部を力任せに3回突き刺し、胃、十二指腸、胆嚢および肝臓を貫通する刺創を与えた行為(以下「第2行為」とい。)について殺人罪(199条)が成立するか。

1 そもそも、第1行為は、第2行為と一体の行為と評価できるか。

 侵害の継続性、第1行為と第2行為の態様の共通性、時間的場所的近接性、石の連続の有無を総合考慮して、両行為に密接な関連性が認められるときには、一連一体の行為と評価すべきである[3]

 たしかに、第1行為と第2行為は、時間的場所的に近接している。しかし、第2行為は、Aが右腰部に刺さった包丁を右手で抜き取って、頭上に振りかざしながら、左手拳で甲の顔面や後頭部を数回殴打してきたため、もはや憤激の極に達して行った行為である。そのため、甲は、異なる態様の侵害行為に対して、異なる心理状態での行為を行っている。そして、第2行為は、力任せに3回突き刺し、臓器を貫通するほどの威力であるから、殺意をもって行われている。そのため、意思の連続は認められない。

 したがって、第1行為と第2行為は一連の行為とは評価できない。

2 「殺」す行為とは、人が死亡する現実的危険性を有する行為をいう。

 甲が使った包丁は、刃体が15.5センチメートルと長い。これを人の枢要部である臓器に対して、力任せに3回突き刺すことは、臓器の効用を失わせ、死亡する危険が高い行為である。したがって、「殺」す行為といえる。

3 甲は、上記危険な行為を認識している。そして、そのまま現場から立ち去ったから、Aの死亡結果を認容していたといえる。したがって、殺意(38条1項本文)が認められる。

4 Aは死亡しているが、第2行為との間の因果関係は認められるか。

 因果関係は、偶然的結果を排除して適正な帰責範囲を確定する法的判断である。

 実行行為は、結果発生の現実的危険性を有する行為であるから、その危険が結果に実現した場合に限り結果の帰責が正当化される。

 そこで、客観的に存在する全ての事情を基礎として、行為の危険が結果に実現したといえるときに認められる。

 Aは、病院において治療にあたった医師乙が、必ず行わなければならない基本的検査を誤って省略したため、不適合輸血を行い死亡した。そのため、Aの直接の死因は、乙の不適合輸血による重篤な溶血である。もっとも、第2行為は生命に対する危険な行為であり、甲がAに与えた刺傷は、もはや通常の外科手術によっては助かる見込みがないと考えられるほど致命的な重傷であった。そのため、乙の行為は、Aの死亡を早めたにすぎないから、Aの死亡結果は、第2行為の危険が現実化したといえる。

 したがって、因果関係は認められる。

5 甲には正当防衛(36条1項)が成立し、違法性が阻却されるか。

(1)Aは、包丁を頭上に振りかざしながら、左手拳で甲の顔面や後頭部を数回殴打してきた。そのため、甲の生命・身体に対する侵害が現に存在しているから、「急迫」性が認められる。

(2)甲は、もはや憤激の極に達しているから、専ら攻撃の意思で第2行為を行ったといえる。そのため、防衛の意思が認められないから、正当防衛は成立しない。

6 よって、殺人罪(199条)が成立する。

第3 関連設問(第1行為の直後に突然に心神喪失状態に陥り、それ以降は心神喪失状態にあったというとき)

 実行行為の途中に責任能力が失われた場合には、責任能力があった時点までの行為のみが実行行為となり、それと因果関係がある結果について刑事責任を問える。

 第2の4の通り、第2行為とAの死亡結果との間の因果関係は認められる。しかし、第1行為は甲の身体に対する危険は存在しないから、第1行為の危険が結果に現実したとはいえない。

 よって、殺人罪は成立しない。

参考判例

[1] 最判昭和46・11・16刑集25巻8号996頁(くり小刀事件)。

[2] 昭和44・12・4刑集23巻12号1573頁(指ねじりあげ)。

[3] 一体性を肯定した例として、最決平成20・6・25刑集62巻6号1859頁(勝てると思っているのか)。一体性を肯定した例として、最決平成21・2・24刑集63巻2号1頁。

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