【刑法事例演習教材】解答例公開!第26問(某球団ファンの暴走・その1)

はじめに

司法試験受験生の皆さん、こんにちは。

このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、答案例を公開しています。

第26問「某球団ファンの暴走・その1」では、実行の着手、事後強盗、不作為の幇助犯が主要な論点となります。本問では、犯罪の実行行為がどの時点で開始されたと評価されるか、いわゆる実行の着手の問題に加え、窃盗が暴行・脅迫を伴うことで事後強盗に転化するか、さらに、不作為による幇助が成立するかを検討する必要があります。

実行の着手の問題は、既遂・未遂の区別に直結する基本論点であり、答案作成において明確な基準を示すことが求められます。また、事後強盗の成立要件や不作為の幇助犯の成否についても、判例・学説の整理を踏まえた適切な論述が必要となります。

以下の答案例を参考に、論点の整理と答案構成の確認を行ってください。

解答例

第1 乙の罪責

1 令和元年7月20日の午前3時ころ、Aの裏口のドアの鍵をこじ開け、店内に侵入した行為について建造物侵入罪(130条前段)が成立する。

2 貴金属売り場に行き用意したスパナでショーケースをたたき割った行為について窃盗未遂罪(243条、235条)が成立するか。

(1)未遂犯の処罰根拠は、既遂結果に至る客観的危険性を発生させる点にある。そのため、結果発生の現実的危険性が認められる時点に実行の着手を認めるべきである。

 そこで、「実行に着手」は問題とされている行為が構成要件該当行為に密接し、既遂に至る客観的危険性が発生した時点で認められる。

 乙と丙は、貴金属などの金目のものを盗む計画を立てた。貴金属売り場は、乙と丙が目的とする金目のものがあるから、これに近づいた時点で「実行に着手」したといえる。

(2)乙は、上記事実を認識しているから、故意(38条1項本文)と不法領得の意思が認められる。

(3)よって、窃盗未遂罪(243条、235条)が成立する。

3 携帯していたスパナで、Bの右脇腹を力いっぱい殴打した行為について強盗致傷罪(240条前段)が成立するか。

(1)乙は、事後強盗未遂罪(243条、238条)が成立することによって、「強盗」に当たることが考えられる。

 ア 2で述べた通り、窃盗未遂罪が成立するから、「窃盗」にあたる。

 イ 乙は、何とかしてBを振り払って逃げようと思っているから、「逮捕を免れる」ためといえる。

 ウ 事後強盗罪を強盗として論じるためには、強盗と同視できる必要があるから、「暴行」は、反抗抑圧に足りる程度の有形力の行使をいう。心理的・物理的に財物の奪取行為に対する抵抗ができなくなったと客観的に認められるときには、反抗抑圧に足りる程度といえる。

 乙は、携帯していたスパナで、Bの右脇腹を力いっぱい殴打しているから、不法な有形力の行使に当たる。Bは、痛みのあまり悶絶して、その場にうずくまっているから、心理的・物理的に抵抗ができなくなっているといえる。そのため、反抗抑圧に足りる「暴行」が認められる。

 エ 乙の暴行は、窃盗の機会に行われたといえる。

 オ したがって、事後強盗未遂罪が成立する。

(2)Bは、加療2週間を要する「傷」害を負った。

(3)乙の暴行は、強盗の機会に行われたといえる。

(4)よって、強盗致傷罪(240条前段)が成立する。

4 乙には、①建造物侵入罪、②窃盗未遂罪、③事後強盗未遂罪、④強盗致傷罪が成立する。②と③は、④に吸収され、包括一罪となる。これと①は手段と結果の関係にあるから、牽連犯(54条1項後段)となる。

第2 丙の罪責

1 乙とともにAの裏口のドアの鍵をこじ開け、店内に侵入した行為について建造物侵入罪(130条前段)が成立する。

2 貴金属売り場に行き、用意したスパナでショーケースを叩き割った行為について窃盗未遂罪(243条、235条)が成立する。

3 乙が、Bを殴打した行為について強盗致傷罪の共同正犯(60条、240条前段)が成立するか。

(1)共同正犯が認められる根拠は、他人の行為を利用して、結果発生に心理的・物理的因果性を及ぼす点にある。そこで、共謀、共謀に基づく実行行為が認められるときに共同正犯が成立する。

 共謀とは、犯罪の共同遂行に関する合意をいい、犯罪の中核部分に意思連絡があればよい。令和元年7月10日ころ、乙は、友人の丙に誘われ、2人で近所の大型リサイクルショップAに侵入し、貴金属など金目のものを盗む計画を立てた。このことについて意思連絡があるから、共謀が認められる。

 乙と丙は、共謀に基づいて侵入行為、窃盗の実行に着手を行っている。Bに対する殴打行為は、共謀の内容には含まれていないが、逮捕を免れるために暴行を用いることは排除されていないから、共謀の射程が及ぶ。そのため、共謀に基づく実行行為が認められる。

(2)もっとも、丙は、乙が暴行を行うことを認識認容していないから、事後強盗の故意を欠く。そのため、窃盗未遂罪の限度で共同正犯が成立する。

4 乙には、建造物侵入罪と窃盗未遂罪が成立する。両罪は、手段と結果の関係にあるから、牽連犯(54条1項後段)となる。

第3 甲の罪責

1 Aが盗みに入ろうとしていることを察知したが、止めるように説得しなかった行為について建造物侵入罪及び強盗致傷罪の幇助犯(62条1項、130条前段、240条前段)が成立するか。

 幇助犯の処罰根拠は、幇助行為によって、結果発生に心理的・物理的因果性を及ぼすことにある。そこで、幇助行為と結果との間の因果関係が必要である。

 「幇助」とは、実行行為以外の方法で正犯の実行行為を容易にすることをいう。

 甲は、電話の内容から、乙がAに盗みに入ろうとしていることを察知した。他方、乙は、甲が自分たちの犯行計画に気が付いている可能性を認識していたが、甲が自分に逆らわないことを知っていたため、甲が警察に通報するなど、自分の邪魔をすることは絶対にないだろうと思い、まったく気にとめていなかった。そのため、甲が説得しなかったことが、乙と丙の侵入及び窃盗の実行の着手を心理的に容易にしたとはいえないから、「幇助」にあたらない。

2 よって、甲は何ら罪責を負わない。

第4 丁の罪責

1 乙らの犯行をそのまま放置した行為について建造物侵入罪及び強盗致傷罪の幇助犯(62条1項、130条前段、240条前段)が成立するか。

(1)丁と乙らとの間に共謀は認められないから、共同正犯(60条)は成立しない。

(2)丁の幇助行為は不作為によるから、不作為の幇助犯の成立が問題となる。

 不作為でも他人の犯行を容易にすることはできるが、自由保障の観点から、不作為の幇助犯が成立する範囲を限定すべきである。

 そこで、作為の幇助行為と同視できるときに限り、不作為の幇助行為を認めるべきである。そして、①作為義務、②作為可能性・容易性が認められるときに作為と同視できる。

 不作為幇助の場合は、正犯者の犯行を防止する方法が複数ありうることが多い。そこで、作為義務の強さ、各作為による犯行阻止の実効性、各作為の容易性の程度を総合考慮して判断する。

 丁とBは、警備員としてAの宿直業務を行っており、乙、丙が侵入したときは、丁が事務室で警備を担当しており、Bが休憩中であった。丁が事務室でモニターを見ていると、乙、丙が店内に侵入した瞬間が画面に映し出された。Aの警備は丁の業務内容であり、犯行を防止できるのは丁だけであるから、丁は、警察に通報する作為義務を負う。警備員が警察に通報することは可能かつ容易である。それにもかかわらず、丁は、警察に通報するよりも、乙らの犯行を見逃して、後日、同人らを脅して、口止め料として金員を要求した方が得策だと考え、乙らの犯行をそのまま放置することにした。そのため、作為義務違反が認められるから、不作為の幇助犯が成立する。

(3)作為の幇助犯は、正犯の実行行為を容易にすることであるから、犯行を確実に阻止できなくても、それを困難にできた可能性があれば、不作為による幇助の因果関係が認められる。

 丁が警察に通報していれば、乙らの犯行を困難にできた可能性がある以上、因果関係が認められる。

(4)もっとも、丁は、乙がBを殴打することを認識認容していないから、暴行の故意を欠く。したがって、建造物侵入罪及び窃盗未遂罪についてのみ故意が認められる。

2 よって、建造物侵入罪及び窃盗未遂罪の幇助犯(62条1項、130条前段、243条、235条)が成立する。これは、犯行をそのまま放置するという「1個の行為」によるから、観念的競合(54条1項前段)となる。

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