はじめに
司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、答案例を公開しています。
第22問「泥酔した常連さん」では、責任能力が主要な論点となります。本問では、心神耗弱の状態にある者が行った行為について、刑法39条の適用が問題となります。責任能力の判断は、行為時の精神状態がどの程度正常な判断能力を阻害していたかを検討する必要があり、特にアルコールによる影響をどのように評価するかが重要になります。
以下の答案例を参考に、論点の整理と答案構成の確認を行ってください。
解答例
第1 停止中のD運転の普通貨物自動車の後部に自車前部を衝突させた行為について危険(酩酊)運転致死罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(以下「自動車運転致傷行為処罰法」という。)2条1号)が成立するか。
1 「正常な運転が困難な状態」とは、前方不注視やハンドル・ブレーキの操作が困難な心身の状態をいうところ、甲は、運転の途中で交差点を左折した際、ハンドル操作が上手くできず、大きくふくらませてしまったこと、その後間もなく意識が朦朧とし前方注視が困難な状態となってきたことが認められるから、「正常な運転が困難な状態」にあたる。
2 甲が停止中のD運転の普通貨物自動車の後部に自車前部を衝突させた行為によって、Dに頚椎骨折の傷害を負わせ、即時同所において、Dを同傷害により死亡させた。
3 甲は、上記事実を認識認容しているから、故意(38条1項本文)が認められる。
4 したがって、危険(酩酊)運転致傷罪(自動車運転致傷行為処罰法2条1号)が成立する。
5 甲は、心神耗弱として必要的減軽を受けないか(39条2項)。
心神耗弱とは、精神の障害により、弁識能力または制御能力が著しく減退した状態をいう。
精神鑑定の記載などを総合すると、甲は、遅くとも運転を開始した時点では、急性アルコール中毒により、その制限能力が著しく減弱していた可能性を排除できず、その状態は、運転開始後も継続していたものと考えられる。そのため、衝突させた行為時点では、心神耗弱の状態にあるから、39条2項によって必要的減軽を受けるのが原則である。
もっとも、自ら心神耗弱の状態を招いているため、原因において自由な行為の理論を適用し、完全責任能力を認められないか。
責任の前提として責任能力が必要とされている根拠は、犯罪結果を責任能力がある状態での意思決定に基づいて実現することにある。
そこで、実行行為が完全責任能力のある原因行為時における意思決定の実現であるといえるときは、完全責任能力が認められる。
甲は、いつも飲んだ後、自動車を運転して帰宅していたが、この日もそうするつもりであった。甲は、ビール5本ウイスキー5杯を超えると酩酊の度合いが急に深まることは傍目にも明らかであり、その量を超えて飲酒した過去2回に関して、「ハンドル切り損ねてガードレールにぶつかった」と言っていた。そのため、飲酒開始時点で、飲酒により「正常な運転が困難な状態」となることを認識していたといえる。そして、A子は、以後その限界ラインに来たら注意してあげなければと、甲の酒量に気を配っていたが、甲は、12日午前1時ころ、その限界ラインに達した。その様子を見たA子は、「これ以上飲んだらこの前みたいに事故よ」と優しく注意した。そのため、甲は、限界ラインに達していることを認識している。それにもかかわらず、「事故が怖くて酒が飲めるか。」などといい、飲酒を続けている。このような状態で運転を開始しているから、この時点で、「正常な運転が困難な状態」であることを認識認容している。
そのため、衝突させた行為は、飲酒開始時点での意思決定が実現したといえる。
したがって、原因において自由な行為の理論を適用し、完全責任能力を認めることができるから、心神耗弱による必要的減軽は受けない。
第2 関連設例
1 店内の備品数点を「窃取」しているから、甲は「窃盗」にあたり、強盗の機会にEに殴る蹴るの激しい「暴行」を加えている。
そのため、甲には事後強盗罪(238条)が成立する。
2 第1と同様に、甲は心神耗弱の状態で事後強盗を行っているから、責任能力が認められず、必要的減軽を受けるのが原則である(39条2項)。
もっとも、原因において自由な行為の理論を適用し、完全責任能力を認められないか。第1の5の基準で判断する。
事後強盗罪は財産犯であり、既遂と未遂の区別は窃盗が既遂か未遂かで決まる。そうすると、事後強盗罪の窃盗は、実行行為の一部と考えるべきである。
甲は、窃盗の時点では心神耗弱の状態であったかは明らかではないが、暴行を行う時点では、心神耗弱の状態にあったと認められる。
甲には、窃盗が発覚して捕まりそうになれば殴ってでも逃げてやるなどと考えて飲酒を継続したといった事情が存在しない。そのため、Eに対する暴行は、飲酒時の意思決定に基づくとはいえない。
したがって、完全責任能力を認めることはできないから、必要的減軽を受ける(39条2項)。
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