【刑法事例演習教材】解答例公開!第21問(アイ・ラブ・オールド・ピープル)

はじめに

司法試験受験生の皆さん、こんにちは。

このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、答案例を公開しています。

第21問「アイ・ラブ・オールド・ピープル」では、私文書偽造罪の成否が主要な論点となります。本問では、文書の作成名義の判断や、偽造に該当する行為の範囲を検討する必要があります。私文書偽造罪の基本的な成立要件を理解し、適用する力が問われる比較的単純な事例ですが、文書の真正性をめぐる考え方を明確に整理することが重要です。

本問の答案作成では、私文書偽造罪の構成要件を正しく押さえ、事案の中で適切に適用することが求められます。以下の答案例を参考に、論点の整理と答案構成の確認を行ってください。

解答例

第1 甲の罪責について

1 理事会議事録を作成するとともに、その末尾に、甲野が「理事会議事録署名人甲野一郎」とのみ記入し、そこに甲野個人の印を押した行為について、無印私文書偽造罪(159条3項)が成立するか。

(1)「事実証明に関する文書」とは、実社会生活に交渉を有する事項を証明する文書をいうところ、理事会議事録は、適法な理事会が開催され、決議がされたことを証明する文書であるから、「事実証明に関する文書」にあたる。

(2)「偽造」とは、作成名義人と作成者の人格の同一性を偽ることをいう。

 アイロップの定款においては、「理事は、理事定数の半数以上の同意を得て、理事長が嘱託する」、「理事会は、理事定数の半数以上の出席がなければ、その議事を開き、議決をすることができない」、「出席理事のうち、理事長の指名を受けた理事1名が、理事会の…議事録を作成し、これに署名または記名押印しなければならない」などとされていた。そして、甲野は、平成30年度の事業報告と決算が賛成多数で承認され、新理事として乙山の提案したF、G、Hについて同意があった旨の理事会議事録を作成している。そのため、理事会では、定款に基づく決議がされたことが表示され、その効果がアイロップに帰属するから、作成名義人は、アイロップである。

 理事会議事録の作成者は、甲野である。しかし、乙山と甲野は、理事会を開催していない。そのため、理事会議事録を作成した行為は、定款及び理事長の指名を受けて理事会議事録を作成した甲野一郎という存在しない人格を表示したといえるから、人格の同一性を偽ったといえる[1]

 したがって、「偽造」にあたる。

(3)理事会議事録には、ただ「理事会議事録署名人甲野一郎」とのみ記載されているから、作成名義人であるアイロップの印章も署名も表示されていない。

 したがって、「他人の印章若しくは署名を使用」したとはいえない。

(4)アイロップは、B市から資料提出を求められていたが、平成30年度の事業報告と決算の承認もできず、理事の任期の満了が近づいているのに次期理事を決めることもできていなかった。そのため、甲野と乙山は、「行使の目的」を有する。

(5)甲野は、上記事実を認識しているから、故意(38条1項本文)が認められる。

(6)よって、無印私文書偽造罪(159条3項)が成立する。

2 サラ金業者I株式会社において、備付けの契約書の氏名欄に「乙山一郎」と書いた行為について、有印私文書偽造罪(159条1項)が成立するか。

(1)契約書は、私法上の権利義務の発生を生じさせることを目的とする意思表示を内容とする文書であるから、「権利義務に関する文書」にあたる。

(2)「偽造」とは、作成名義人と作成者の人格の同一性を偽ることをいう。

 契約書の作成名義人は、「乙山一郎」である。しかし、甲野は、仮装の養子縁組の手続を行い、戸籍上の氏名を「乙山一郎」としている。そのため、契約書の作成者は、自己の名義である「甲野一郎」ではさらに融資を受けることができない「融資不適格者」の甲野である。そうすると、甲野は、存在しない融資適格者としての「乙山一郎」という人格を偽ったといえるから、「偽造」にあたる。

(3)甲野は、「乙山一郎」と書いているから、「他人の署名を使用」したといえる。

(4)甲野は、契約書をI株式会社に提出するために偽造をしたから、「行使の目的」を有する。

(5)甲野は、上記事実を認識しているから、故意(38条1項本文)が認められる。

(6)したがって、有印私文書偽造罪(159条1項)が成立する。

3 I社発行のキャッシングカードの交付を申し込んだ行為について、偽造有印私文書行使罪(161条1項)が成立する。

4 同行為について、詐欺罪(246条1項)が成立するか。

(1)「財物」とは、経済的又は主観的価値を有する有体物をいう。

 キャッシングカードは、それ自体では、価値を有しないが、ATM等で現金の借入を行うことができるから、経済的価値を有し、「財物」にあたる。

(2)「欺いて」とは、財物の交付に向けて人を錯誤に陥らせることをいい、その内容は、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう[2]

 金融業者にとっては、貸金の返済ができるかどうかについて重大な関心を持っている。甲野は、自己の名義である「甲野一郎」ではさらに融資を受けることができない「融資不適格者」である。そのため、「甲野一郎」という名前でキャッシングカードの申込みをしたとすれば、I株式会社は、キャッシングカードの交付をしなかったといえる。

 したがって、「欺いて」といえる。

(3)I株式会社は、甲野が融資適格者である「乙山一郎」であるとの錯誤に陥り、キャッシングカードの「交付」をしている。

(4)甲野は、上記の事実を認識しているから、詐欺の故意(38条1項本文)が認められ、不法領得の意思も認められる。

(5)よって、詐欺罪(246条1項)が成立する。

5 甲野の行為には、①アイロップに対する無印私文書偽造罪、②Ⅰ株式会社に対する有印私文書偽造罪、③偽造有印私文書行使罪、④詐欺罪が成立する。

 ②と③、③と④は、手段と結果の関係にあるから、牽連犯(54条1項後段)となる。これと①は、別個の行為であるから、併合罪(45条前段)となる。

第2 乙の罪責

1 理事会議事録を作成するとともに、その末尾に、甲野が「理事会議事録署名人甲野一郎」とのみ記入し、そこに甲野個人の印を押した行為について、無印私文書偽造罪(159条3項)が成立する。

2 乙山は、甲野に対し、形式上、乙山を養父とする養子縁組届を提出して、戸籍上の姓を変更した上、融資が受けられるようにしてもかまわないと言っている。そのため、甲野のI株式会社に対する有印私文書偽造罪、偽造有印私文書行使罪、詐欺罪の犯罪を実行する決意を生じさせたといえる。

 したがって、教唆犯(61条1項)が成立する。

3 以上より、①無印私文書偽造罪、②有印私文書偽造罪の教唆犯、③偽造有印私文書行使罪の教唆犯、④詐欺罪の教唆犯が成立する。

 ②ないし④は、「一個の行為」といえるから、観念的競合(54条1項前段)となる。これと①は、別個の行為であるから併合罪(45条前段)となる。

参考判例

[1] 最決昭和45年9月4日刑集24巻10号1319頁

[2] 最決平成22年7月29日刑集64巻5号829頁(搭乗券詐取事件)

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