【刑法事例演習教材】解答例公開!第16問(哀しき親子)

はじめに

司法試験受験生の皆さん、こんにちは。

このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、答案例を公開しています。

今回の第16問「哀しき親子」では、共同正犯と正当防衛が主要な論点となります。本問は、複数人が関与する場面におて、ある者に成立する正当防衛が他の共犯者にも及ぶのかという点を検討する必要があり、事案の整理が特に難しい問題といえます。

共同正犯の成否を判断する際には、各人の行為の独立性と一体性を適切に評価することが求められます。また、正当防衛の適用範囲についても、共犯関係がある場合にどのように考えるべきかを慎重に整理しなければなりません。本問の答案作成では、共同正犯の理論と正当防衛の要件を正確に理解し、それらを事案に適用する力が試されます。

以下の答案例を参考に、論点の整理と答案構成の確認を行ってください。

解答例

第1 乙の罪責

1 Aの左脇付近から同人の左腕を押さえつけ、また、その頸部を右手で押さえつけた行為について、傷害致死罪の共同正犯(60条、205条)が成立するか。

(1)Aは、外で飲酒して酩酊したあげく、人が変わったような状態になって、帰宅後大声を出して暴れるなど、粗暴な行動をとることがあった。その場合、甲、乙は、しばしば二人がかりでAの体を布団の上などに押さえつけるなどして、これに対処していた。令和元年7月9日も、Aは粗暴な行動をとった。Aは、体勢を崩し、同室に敷かれた布団の上にうつぶせに倒れこんだところ、甲は、Aの暴行を阻止しようとして、押さえつけた。乙も瞬時に甲の意図を察し、押さえつけた。そのため、甲と乙の間には、Aの暴行を抑えることについて意思連絡があるから、黙示の共謀が認められる。

(2)「傷害」とは、人の生理的機能を侵害することをいうところ、甲と乙は、Aを押さえつけ、乙は、Aの頸部を押さえつける力がだんだん強まり、体重をかけてAの頸部を押さえていった。頸部は人の枢要部であるから、強く押さえつけることにより生理的機能を害する危険がある。そして、Aは、乙に強く押さえつけられた結果、その場に敷かれていた布団に鼻口部が強く押しつけられ、急性呼吸循環不全の状態にあったから、「傷害」にあたる。

 Aは、その後、呼吸循環不全が原因で「死亡」した。

(3)乙は、上記事実を認識しているから、少なくとも暴行の故意(38条1項本文)が認められる。

(4)乙には正当防衛(36条1項)が成立し、違法性阻却されないか。

 ア 「急迫」不正の侵害とは、法益の侵害が現に存在しているか、または、間近に押し迫っていることをいう。

 Aは、午前3時30分ころ、帰宅するや、うつぶせに寝ていた同人の体の上に馬乗りになって、一方的に、その後頭部や背中あたりを手拳で何度も殴り始めた。その後、甲の部屋に向かい背後から抱きつこうとした。そのため、甲及び乙に殴打行為を繰り返しているから、甲及び乙の身体に対する侵害が現に存在している。

 Aは、甲、乙に体を押さえつけられても、しばらくは、両足をばたつかせたり、膝を立てて起き上がろうとした。そのため、Aの加害の意思は旺盛かつ強固であり、手を離せば再度の攻撃に及ぶことは可能であったから、侵害は終了していない[1]。したがって、「急迫」不正の侵害が認められる。

 イ 「防衛するため」の行為は、文言上、防衛の意思が必要であり、その内容は、急迫不正の侵害を避けようとする単純な心理状態をいう。

 乙は、Aの頸部を押さえているうちに、だんだん興奮してきて、また、「何で自分たちがこんな目に遭わなければならないんだ」と思うにつれ、日頃からのAに対する反感ともあいまって憤激の念が高まっている。そのため、乙には攻撃の意思が認められる。しかし、Aの攻撃の意思が継続している以上、乙には、防衛の意思も存在したといえる。したがって、防衛の意思を欠かない[2]

 ウ 「やむを得ずにした」とは、防衛行為としての必要性および相当性を有する行為をいう。侵害に対する防衛手段として相当性を有する以上、その反撃行為がたまたま侵害されようとした法益より大であっても、その反撃行為が正当防衛行為でなくなるものではない[3]

 乙は、Aの枢要部である頸部に対して体重をかけている。しかし、甲もAを押さえつけているから、頸部である必要はないし、体重をかけなくてもAを押さえることができた。そのため、必要最小限の防衛行為とはいえないから、相当性を欠き、「やむを得ずにした」とはいえない。

 エ したがって、正当防衛は成立しない。

2 よって、乙には殺人罪(199条)が成立する。乙の防衛行為は、「防衛の程度を超えた行為」であるから、過剰防衛(36条2項)による任意的減免を受ける。

第2 甲の罪責

1 起き上がろうとするAの右腰付近から、同人の臀部辺りを両手で押さえつけ、さらに右手で同人の右腕も押さえつけた行為について、傷害致死罪の共同正犯(60条、205条)が成立するか。

(1)第1で述べた通り、Aの暴行を抑えることについて黙示の共謀が認められ、共謀に基づく実行行為が認められるから、傷害致死罪の共同正犯の構成要件をみたす。

(2)乙には正当防衛が成立しない。そのため、甲に固有の主観的違法性阻却要素はないから、共同正犯の関係にある甲にも正当防衛(36条1項)は成立しない。

(3)甲は、過剰防衛の事実を認識していないから、責任故意が阻却されないか。

 責任故意は、犯罪事実及び違法性の認識にあるから、違法性を認識していないときには故意犯が成立しない。

 甲は、自分がAを押さえつけるのに必死で、乙がAの体のどの部分を押さえていたのかについては、よく見ていなかった。そのため、乙がAの後頚部を右手で強く押さえつけていることを認識していなかった。そうすると、「やむを得ずにした行為」に該当しない事実を認識していないから、責任故意が阻却される。

(4)甲は、Aを押さえつけるのに必死である以上、乙が危険な部位を押さえていることを予見できないから、過失は認められない。

2 よって、甲は、何ら罪責を負わない。

参考判例

[1] 最判平成9年6月16日刑集51巻5号435頁(アパート鉄パイプ事件)。

[2] 最判昭和50年11月28日刑集29巻10号983頁(くり小刀事件)。

[3] 昭和44年12月4日刑集23巻12号1573頁(指ねじりあげ)。

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