【刑法事例演習教材】答案例公開!第15問(愛人への貢ぎ物)

はじめに

司法試験受験生の皆さん、こんにちは。

このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、答案例を公開しています。

今回の第15問「愛人への貢ぎ物」では、横領罪と背任罪が主要な論点となります。

横領罪と背任罪は、いずれも財産犯でありながら構成要件や保護法益が異なるため、事案ごとに適切な区別が必要です。本問の答案作成では、両罪の成否を明確に整理し、競合関係についても適切に論じることが求められます。以下の答案例を参考に、論点の整理と答案構成の確認を行ってください。

解答例

第1 時計宝石商Cの店において、200万円の時計を購入し、その代金支払に充てるため、Cに対し、A会社代表取締役B名義で振り出した額面200万円の小切手1通を交付した行為について有価証券偽造罪(162条1項)が成立するか。

1 「偽造」とは、作成権限のない者が他人名義の有価証券を作成することをいう。

 有価証券の作成権限の範囲内の行為であれば、名義の冒用はないから無形偽造であり、「偽造」にあたらない。権限を逸脱した場合は、名義の冒用が認められ、有形偽造にあたるから、「偽造」にあたる。

 A社の小切手の振出しは、A会社代表取締役B名義で行っていたが、甲の判断により自由に振り出すことが容認されており、会社の業務運営に必要な限り、その使途、金額の制限はなく、Bに対しては毎月末に小切手振出状況の事後報告を行うにすぎなかった。

 そのため、甲は、愛人のDにプレゼントするという不当な目的を有しているが、甲の権限の範囲内で行われた振出しである。そうすると、無形偽造であって、「偽造」にあたらない。

2 よって、有価証券偽造罪は成立しない。

第2 同行為について業務上横領罪(253条)が成立するか。

1 同行為について背任罪が成立するとも思われる。もっとも、横領罪の保護法益は、物に対する所有権と委託信任関係であり、背任罪の保護法益は、全体財産と委託信任関係であるから、両者には重なり合いが認められる。そのため、横領罪と背任罪は法条競合の関係にあるから、重い横領罪から検討する。

(1)「業務」とは、社会生活上の地位に基づいて反復又は継続して行われる事務をいうところ、甲は、A社の経理部長であり、小切手の振出し業務に従事していたから、「業務」にあたる。

(2)A社の小切手の振出しは、A会社代表取締役B名義で行っていたから、額面200万円の小切手は、A社の「物」である。

(3)横領罪の保護法益は、物に対する所有権であるから、ここでいう占有とは所有権侵害を招来しうる状態であることで足りる。

 そこで、「自己の占有」とは、物に対する事実的支配だけではなく、法律上の支配も含む。法律上の支配とは、法律上自己が容易に他人の物を処分できる状態をいう。そして、委託物(単純)横領罪は、二次的保護法益として、委託信任関係があるから、委託信任関係に基づき占有することを要する。

 A社の小切手の振出しに必要な銀行届出印、会社ゴム印、小切手帳は甲が保管していた。また、甲の判断により自由に振り出すことが容認されており、会社の業務運営に必要な限り、その使途、金額の制限はなく、Bに対しては毎月末に小切手振出状況の事後報告を行うにすぎなかった。そのため、甲は委託信任関係に基づきこれらを利用して自由に小切手を振り出す権限が与えられていた。そのため、額面200万円の小切手は、甲が容易に処分できる物であり、「自己の占有」にあたる。

(4)「横領」とは、不法領得の意思を発現または実現する行為であり、その実質は、所有権侵害に対する現実的危険を生じさせることにある。

 不法領得の意思とは、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに、所有者でなければできないような処分をする意思をいう。

 甲が額面200万円を振り出した時点で、Cは、A社に対する債権を有するから、この時点で、A社の金銭という所有権侵害の危険が生じている。したがって、不法領得の意思が発現しているから、「横領」にあたる。

(5)甲は、上記事実を認識認容しているから、故意(38条1項本文)が認められる。

2 よって、業務上横領罪(253条)が成立する。

第3 F銀行G支店において、自己の借金にあてるため。A会社代表取締役B名義で振り出した小切手1通を提示提出し、A会社の当座預金口座から現金300万円の支払を受けた行為について業務上横領罪(253条)が成立するか。

1 第2で述べた通り、甲は、B社名義の小切手は「業務上自己の占有する他人の物」にあたる。

2 現金300万円の支払を受けた時点で不法領得の意思が実現しているから、「横領」にあたる。

3 甲は、上記事実を認識認容しているから、故意(38条1項本文)が認められる。

4 よって、業務上横領罪(253条)が成立する。

第4 甲には、2個の業務上横領罪が成立し、併合罪(45条前段)となる。

第5 関連設問

1 約束手形の場合は、支払期日が先に設定されるから、「占有」が認められない。そこで、背任罪(247条)の成立が問題となる。

2 甲は、約束手形の振出権限を与えられていたから、「他人のためにその事務を処理する者」にあたる。

3 甲は、会社の業務運営に必要な限り振出権限を与えられていたが、自己の借金を返済する目的は、会社の業務運営と関係がない。そのために、約束手形を振り出すことは、「自己の利益を図る目的で」、「任務に背く行為」にあたる。

4 これによって、A社には額面500万円相当の「財産上の損害」を加えたといえる。

5 甲は、上記事実を認識認容しているから、故意(38条1項本文)が認められる。

6 よって、背任罪(247条)が成立する。

参考判例

・最決昭和43年6月25日刑集22巻6号490頁

・大判昭和9年7月19日刑集13巻983号

・最判昭和24年3月8日刑集3巻3号276頁

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