【刑法事例演習教材】解答例公開!第10問(偽装事故の悲劇)

はじめに

司法試験受験生の皆さん、こんにちは。

このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、答案例を公開しています。

今回の事例10「偽装事故の悲劇」では、刑法における因果関係の認定や同意傷害が主要な論点となります。本問では、被害者の死亡がどのような要因によるものかを評価し、行為と結果の間の因果関係を適切に整理することが求められます。また、傷害行為について被害者の同意があった場合に違法性が阻却されるか、どの範囲で責任が生じるのかといった点も重要な検討事項となります。

これらの論点を整理し、答案としてどのように構成するかが本問のポイントです。事例の具体的状況を踏まえながら、論理的に答案を組み立てるための参考として、以下の答案例をご活用ください!

答案例

第1 甲の罪責

1 自車をA車後部に追突させた行為について甲に対する傷害致死罪(205条)が成立するか。

(1)「傷害」とは、人の生理機能を侵害することをいうところ、車を追突させる行為は、乗客の生理的機能を侵害する危険を有する行為である。そして、Aは頸椎を捻挫しているから、生理的機能を侵害している。そのため、「傷害」にあたる。

(2)Aは、「死亡」しているが、甲車の追突行為と死亡との間の因果関係は認められるか。

 因果関係は、偶然的結果を排除して適正な帰責範囲を確定する法的判断である。

 実行行為は、結果発生の現実的危険性を有する行為であるから、その危険が結果に実現した場合に限り結果の帰責が正当化される。

 そこで、客観的に存在する全ての事情を基礎として、行為の危険が結果に実現化したといえるときに認められる。

 ア 乙車の追突

 Aは、事故の5日後に右後頚部の傷害に基づく頭部循環障害による脳機能障害によって死亡した。そのため、乙車の追突が直接の死因である。

 しかし、甲による追突のショックによって、Aの車両は前方の交差点の中に強く押し出され、乙車が追突している。自動車の追突行為は、大きな衝撃を与えるから、乗っている人の生命・身体を侵害しかねない危険な行為である。そして、衝撃によって、交通渋滞や他の車との接触が生じ得るから、甲による追突行為自体が生命・身体に対して危険な行為といえる。

 そうすると、甲車の追突行為が、乙車の追突する結果を誘発したといえるから、甲車の追突行為の危険が乙車の追突結果に現実化したといえる。

イ 抜管行為

 甲車の追突によって、Aは、止血のための緊急手術を受けている。そのため、甲車の追突及び乙車の追突したことは、危険な行為といえる。

 Aは、事故翌日の未明、興奮して「早く退院させろ」と叫びつつ、体から治療用の管を抜くなどして暴れたことが認められる。これによって、治療の効果を減殺し、客体の悪化につながった可能性がある。もっとも、抜管行為は、治療の効果を減殺したにすぎない以上、異常性は小さく、死亡結果は、甲車の追突によって形成されているといえる。

 ウ したがって、甲の追突行為の危険が死亡結果に実現したといえるから、因果関係が認められる。

(3)甲は、Aが傷害を負うことを認識認容しているから、故意(38条1項本文)が認められる。

(4)甲は、Aに傷害を負わせるよう依頼を受けていた。そこで、被害者の同意として違法性が阻却されないか。

 Aは、軽傷を負わせるように依頼している。そのため、重傷を負い、死亡することについては同意の範囲外であり、違法性が阻却されることはない。

(6)甲は、違法性阻却されうる範囲のAに軽傷を負わせるつもりで追突行為を行っている。そのため、違法性の認識がない。そこで、責任故意が阻却されないか。

 故意責任の本質は、反対動機を形成できたにもかかわらずあえて犯罪行為に及んだことに対する道義的非難である。そのため、反対動機を形成できなかったときは責任故意を認めるべきではない。

 違法性とは、社会倫理規範に違反する法益侵害またはその危険である。そのため、被害者の承諾があり、承諾を得た動機、目的、傷害等の手段、方法、損傷の部位、程度などを総合考慮して、社会的に相当といえるときに限り違法性が阻却される。

 Aは、借金がかさみ、その金策に追われていたことから、自動車事故を装って軽傷を負い、その後、重症を装って多額の保険金を得ようと考えている。そして、甲に懇願し、甲が運転する自動車をAの運転する自動車に追突させて、Aに軽傷を負わせるように依頼し、甲はAの依頼を引き受けている。そのため、違法な目的による傷害の同意であるから、社会的相当性を欠く。

 したがって、認識した結果が発生したとしても違法性は阻却されないから、違法性の錯誤はなく、責任故意は阻却されない。

(7)よって、傷害致死罪(205条)が成立する。

2 同行為について乙に対する傷害罪(204条)が成立するか。

(1)乙は衝突のショックによって肋骨骨折等の「傷害」を負っている。

(2)甲は、Aに対する傷害の事実を認識認容している。乙に対する故意は認められるか。具体的事実の錯誤が問題となる。

 構成要件の範囲内で一致する以上、犯罪事実の認識があったといえる。そのため、故意が認められる。乙も「人」である以上、構成要件の範囲内で一致するから、故意が認められる。

 もっとも、1個の行為により数個の故意を認めることは責任主義に反するとも思われるため、乙に対する故意が認められるかが問題となる。

 故意の個数は、観念的競合により科刑上一罪として処理すれば責任主義に反しない。そのため、1個の行為に数個の故意犯を認めてよい。

 したがって、乙に対する故意(38条1項本文)が認められる。

(3)よって、乙に対する傷害罪(204条)が成立する。

3 甲には、傷害致死罪と傷害罪が成立する。両者は、「1個の行為」といえるから、観念的競合(54条1項前段)となる。

第2 乙の罪責

1 時速50キロメートルでA車の右側面に衝突した行為について、過失運転致死罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(以下「自動車運転死傷行為等処罰法」という。)5条)が成立するか。

 「必要な注意を怠」るとは、過失をいい、過失とは、予見可能性を前提とする結果回避義務違反をいう。

 乙は、青信号を走行しているところに交差点にA車がいたために追突している。青信号では、反対側から車が飛び出してくることは通常考えられない。もしこれに対する注意をしなければならないとすれば、違法な行為を行うかもしれないことに注意を払うことになる。そのため、信頼の原則から、予見可能性は求められない。

 したがって、乙に過失はないから、「必要な注意義務を怠」ったとはいえない。

2 よって、乙は、何ら罪責を負わない。

参考判例

・最決昭和55・11・13刑集34巻6号396頁

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