はじめに
司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、私が受験生時代に作成した答案例を公開しています。
今回の第8問「紫の炎」では、放火罪が主要な論点となります。放火罪は、社会的法益を保護する重要な犯罪類型であり、建造物性の評価、公共危険など、細かい要件の検討が求められます。本問では、これらの要件をどのように構成し、答案として論理的に展開するかが重要になります。
司法試験合格に向けた学習の一助として、ぜひ活用してみてください!
答案例
第1 集合住宅に1階出入り口から中に入った行為について、住居侵入罪(130条前段)が成立するか。
1 本件集合住宅は、管理人が常駐しているから、エレベーターホールは「人の看守する邸宅」にあたる。
2 「侵入」とは、管理権者の合理的意思に反する立入りをいう。甲が立入った集合住宅は、管理人が常駐しており、「居住者以外の立入り禁止」という立札が設置されているから、居住者でない甲が集合住宅に立入ることは許さないとするのが合理的な意思である。また、甲は、Aの居室付近に火をつける目的を有しており、このような犯罪目的を有している者の目的を知っていれば、立入りを拒むことが管理人の合理的な意思である。
したがって、管理権者の合理的意思に反するから「侵入」に当たる。
3 よって、住居侵入罪(130条前段)が成立する。
第2 Aの原動機付自転車の座席シートに丸めたティッシュペーパーを置き、これに所持していた簡易ライターで点火し、さらに、座席シート上にライター用オイルを撒き、これにより燃え上がった火を当該原動機付自転車のガソリンタンク内のガソリンに引火させた行為について、現住建造物放火罪(108条)が成立するか。
1 本件の集合住宅は、Aら合計140世帯が現に住居に使用して、かつ、Aを含めて多数が現にいる、大規模な集合住宅である。そのため、「現に人が住居に使用」し、「現に人がいる」建造物である。
2 「放火」とは、目的物の焼損を惹起される行為をいう。
ガソリンは、引火性が高く、これを室内で行うことによって壁や天井に燃え移って大きな炎が生じる危険が高いから、焼損の危険を惹起する行為といえる。
したがって、燃え上がった火をガソリンタンク内のガソリンに引火させた時点で「放火」したといえる。
3 放火罪の保護法益は、公共の安全にあるところ、周辺の物に燃え移って延焼することが可能となった時点で公共の危険が発生したといえる。そこで、「焼損」とは、火が媒介物を離れて目的物が独立して燃焼を継続することをいう。
本件で、火は紫の炎を発するほど高温となっているが、エレベーターホールの床や壁には不燃性の素材が用いられていたため、火は燃え移らず、ただ熱の影響で床や壁の全面にわたってその表面を著しく損傷しただけである。そのため、大部分は燃焼していない。しかし、エレベーターホールの天井の一部には木材が使われていたため、すべて焼失している。これは、エレベーターホールの天井が独立燃焼した結果として焼失したと考えられるから、「焼損」にあたる。
4 甲は、火が壁や天井に燃え移るかもしれないと認識しながら放火行為を行っているから、故意(38条1項本文)が認められる。
5 よって、現住建造物放火罪(108条)が成立する。
第3 第2の行為について、傷害罪(204条)が成立するか。
1 「傷害」とは、人の生理的機能を侵害することをいうところ、第2の行為によって発生した火災により、人体に有毒なガスが発生し、8回の廊下にいたBとCがこれを吸引するに至り、数日間病院に入院して治療を受ける結果となっている。そのため、BとCの生理的機能を害しているから、「傷害」にあたる。
2 甲は、BとCが8階の廊下にいたことを認識していたかは不明であるが、集合住宅は140世帯が現住している大規模なものであるから、近隣のフロアの廊下に人がいて、火による火傷や有毒ガスの吸引による傷害が生じることは認識できる。したがって、傷害の故意(38条1項本文)が認められる。
3 よって、傷害罪(204条)が成立する。
第4 居住用の屋外駐車場に塀を飛び越えて入った行為について、建造物侵入罪(130条前段)が成立するか。
1 駐車場は、住居者が利用する集合住宅に付随する場所であり、集合住宅の囲繞地であるから、「建造物」にあたる。
2 当該屋外駐車場に立入るにはカードキーが必要であり、塀で外と区切られている。そうすると、居住者以外が立入ることは想定されていない場所である。ここに放火の犯罪目的で立入ることは、管理権者の合理的意思に反する。したがって、「侵入」にあたる。
3 よって、建造物侵入罪(130条前段)が成立する。
第5 D所有に係る高級スポーツカーを燃やすため、あらかじめ用意してあったガソリン約1リットルをその車体全体にかけた上、簡易ライターで点火した行為について、建造物等以外放火罪(110条1項)が成立するか。
1 D所有のスポーツカーは、住居にはあたらないが、高級な物であり、財産的価値が高いから、財産として保護を受ける。
したがって、「前2条に規定する物以外の物」にあたる。
2 ガソリンは、特に引火性が高い性質を有しており、引火させるつもりがなくても多少の火花で引火するおそれすらある危険な物質である。約1リットルものガソリンを車の全体にかけて点火すれば、発火することは容易であり、大量のガソリンを満遍なく撒いているから、大きな炎が生じ得る。
したがって、ガソリンを車に掛けた時点で「放火」したといえる。
3 火は高さ約1メートルに達するほどの紫色の炎を上げて、勢いよく燃えているから、車が独立して燃焼しており、「焼損」にあたる。
4 「公共の危険」とは、建造物等に対する延焼の危険にとどまらず、不特定多数の人の生命・身体・財産に対する危険をいう。
延焼可能性がある物件が不特定多数の財産等である必要はなく、特定の物を経由して、不特定多数の生命・身体・財産に対する延焼可能性があることによって、「公共の危険」は認められる。
たしかに、焼損したD車は居住部分とは約50メートルも離れており、この集合住宅は鉄筋コンクリート製であるから、D車の炎が直接居住部分に燃え移り焼失することは想定し難い。また、E車とも約15メートルの距離があるし、現にE車には何ら被害が生じていない。
しかし、火は高さ約1メートルに達するほどの炎を上げて勢いよく燃えており、紫色の炎は高温であり別の物に引火しやすい。そして、屋外であるから風が吹き込むことが考えられ、風向きによっては駐車場の塀や他の車に燃え移る危険が存在する。また、駐車場に人がいた場合は、その人が火傷を負うおそれもある。さらに、以上の物を経由して居住部分に火が達することは必ずしも否定できないので、これによって、不特定多数者の生命・身体・財産に対する危険があり得る。本件では、たまたま突然に燃え上がる火を見たEが消火活動を開始したため大きな被害は出ていないが、Eが消火活動をしなければ以上の不特定多数者の生命・身体・財産に対する危険が生じていた可能性が高い。
したがって、「公共の危険」を生じさせたといえる。
5 甲は、D所有のスポーツカーを燃やす目的を有しているから、故意(38条1項本文)が認められる。
「公共の危険」の認識は、「よって」の文言があるから、結果的加重犯であり、放火および焼損に該当する事実を認識している以上、不要である。
6 よって、建造物等以外放火罪(110条1項)が成立する。
第6 第5の行為について、Eに対する傷害罪(204条)が成立するか。
1 Eは、全治2週間の火傷を負っているから、生理的機能を害している。そのため、「傷害」にあたる。
2 甲は、Eの存在を認識していないが、客観的に危険な行為を行っており、場所が居住者の駐車場であるから、人がいることを認識できる。
したがって、傷害の故意(38条1項本文)が認められる。
3 よって、傷害罪(204条)が成立する。
第7 罪数
以上より、①住居侵入罪、②現住建造物放火罪、③BとCに対する傷害罪、④建造物侵入罪、⑤建造物等以外放火罪、⑥傷害罪が成立する。
②と③、⑤と⑥はそれぞれ「1個の行為」によって生じているから観念的競合(54条1項前段)となる。①と④は、同じ集合住宅に対する侵入であるから、包括1罪となる。これと②③、⑤⑥は、手段と目的の関係にあるから牽連犯(54条1項後段)となる。
参考判例
・最決平成15・4・14刑集57巻4号445頁
・最判昭和60・3・28刑集39巻2号75頁
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