【刑法事例演習教材】解答例公開!第7問(男の恨みは夜の闇より深く)

はじめに

司法試験受験生の皆さん、こんにちは。

このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、私が受験生時代に作成した答案例を公開しています。

今回の第7問「男の恨みは夜の闇より深く」では、刑法における死者の占有の認定や、事後強盗罪の成立要件が主な論点となっています。この問題では、死亡した被害者の財物が占有状態にあるといえるか、またその後の暴行や脅迫が事後強盗罪に該当するかの判断が求められます。どちらの論点も司法試験で頻出のテーマであり、答案作成時には論理的かつ条文に即した検討が重要になります。

受験生だった私も、この問題に取り組む中で、死者の占有をめぐる微妙な解釈や、事後強盗の具体的な要件を明確に把握することの難しさを実感しました。今回の答案例は、これらの論点を丁寧に整理し、答案として表現したものです。皆さんが具体的な答案のイメージをつかむ際に役立てていただければ幸いです。

この記事が司法試験の合格を目指す皆さんのお力になれば嬉しく思います。ぜひ参考にしてください!

答案例

第1 乙がAの体を後ろから押さえつけ、甲がA女の顔面を強打した行為について傷害罪の共同正犯(60条、204条)が成立するか。

1 甲は、乙に事情を打ち明け、一緒にAを殴打するように懇願し、乙は犯行に加わることを承諾している。したがって、Aに対する殴打行為についての意思連絡があるから、共謀が認められる。

2 「傷害」とは、人の生理的機能を侵害することをいうところ、甲と乙は、共謀に基づいて、上記行為を行い、Aは転倒し、側頭部に加療4週間程度の頭部打撲傷を負った。そのため、Aの生理的機能を侵害したから、「傷害」にあたる。

3 よって、甲と乙には傷害罪の共同正犯(60条、204条)が成立する。

第2 ハンドバックを持ち去った行為について

1 乙に、窃盗罪の共同正犯(60条、235条)が成立するか。

(1)甲、乙は、相談して、Aのハンドバッグを持ち去って、物取りの犯行に見せかけることにした。

(2)「窃取」とは、占有者の意思に反して他人の財物を自己の占有に移転させることをいう。

 甲と乙は、共謀に基づいて、「他人の財物」であるAのハンドバックを持ち去ることによって、自己の占有に移転させているから、「窃取」にあたる。

(3)甲と乙は、A女は死んでしまったものと誤信しており、窃盗の認識がないとも思われる。仮に誤信していたとしても、客観的にAの生前の占有が死後にも保護されるならば、窃盗にあたる行為を認識していたといえるため、窃盗の故意(38条1項本文)が認められる。

 人を殺した後に初めて財物奪取の意思を生じて被害者の財物を領得したときは、財物奪取が死亡後かどうか、行為者の故意があったかを特定するのが困難である。

 そこで、殺害した犯人の奪取行為であり、かつ、殺害行為と財物奪取行為の近接性、被害者の客観的占有状況を考慮して、生前の被害者の占有を保護すべきときに占有が認められる。

 甲と乙は、殴打行為の直後に、相談してAのハンドバッグを持ち去っている。そのため、殴打行為とハンドバッグの持ち去り行為は時間的場所的に近接しているから、機会の同一性が認められる。そうすると、Aの占有は客観的に死者の占有として保護されるべきである。したがって、甲と乙は、客観的状況を認識している以上、窃盗罪の故意が認められる。

(3)不法領得の意思とは、権利者を排除して、所有者でなければできない利用処分をする意思をいうところ、乙は、Aの占有が保護されるべき状況にあることを知りながら、Aのハンドバッグを持ち去っているため、権利者排除意思がある。そして、所有者Aのハンドバックが高級であることから、しばらくしてほとぼりがさめたら、遠方のリサイクルショップに行って売却し、相当の利益が得られると考えている。したがって、利用処分意思もあるから、不法領得の意思が認められる。

(4)よって、窃盗罪(235条)が成立する。

2 甲に、窃盗罪の共同正犯(60条、235条)が成立するか。

(1)甲は、自分たちが犯人だと疑われることを避けるためハンドバッグを持ち去ったらすぐに売却しようと考えているから、Aのハンドバックから利益を得ることを全く考えていない。そのため、不法領得の意思を有していないし、乙の不法領得の意思に気が付いていない。したがって、窃盗罪は成立せず、持ち去り行為に器物損壊罪(261条)成立するにとどまる。

(3)そこで、共犯者間で犯罪事実の認識が異なることから、抽象的事実の錯誤が問題となるところ、器物損壊罪と窃盗罪は、財物の持ち去り行為である点で行為態様が共通し、Aのハンドバッグに対する占有の保護である点で保護法益が共通するから、器物損壊罪の限度で故意が認められる。

(4)よって、器物損壊罪の共同正犯(60条、261条)が成立する。

第3 Bの顔面や胸部を殴打するなどの暴行を加えた行為について、強盗致傷罪(240条前段)が成立するか。

1 乙の罪責について

(1)乙は「強盗」にあたるか。事後強盗罪(238条)の成否が問題となる。

 ア 第2の1の通り、乙は「窃盗」である。

 イ 乙は、逮捕を免れる目的を持っている。

 ウ 事後強盗罪を「強盗として論じる」ためには、強盗と同視できる必要があるから「暴行」は、反抗抑圧に足りる程度の有形力の行使でなければならない。心理的・物理的に財物の奪取行為に対する抵抗ができなくなったと客観的に認められるときには、反抗抑圧に足りる程度といえる。

 甲と乙は、共同して、Bの顔面や胸部を殴打するなどの激しい暴行を加えており、「有形力の行使」にあたる。Bがそのまま地面に倒れるほどの暴行であったから、心理的・物理的に抵抗ができなくなったといえる。そのため、反抗抑圧に足りる程度の「暴行」といえる。

 エ 強盗として論じるためには、強盗と同視できる暴行が必要である。そこで、本罪の「暴行」は、窃盗の機会に行われたことを要する。

 甲と乙は、走って逃げようとしているのを発見されるほど、持ち去りの直後であり、追いつかれそうに感じたところで暴行を行っている。そのため、財物を取り返される状況が継続していたといえるから、窃盗の機会に行われた「暴行」といえる。

 オ よって、「強盗」にあたる。

(2)Bは、加療3週間程度の打撲傷を負っているから「傷害」にあたる。

(3)上記傷害は、強盗の機会にされたものといえる。

(4)よって、強盗致傷罪(240条前段)が成立する。

2 甲の罪責について、強盗致傷罪の共同正犯(60条、240条前段)が成立するか。

(1)甲は、「窃盗」にあたらないため、強盗傷人罪の主体たりうるかが問題となる。

 事後強盗罪は財産犯であり、既遂と未遂の区別は窃盗が既遂か未遂かで決まる。そうすると、事後強盗罪の窃盗は、実行行為の一部と考えるべきである。

 そのため、甲は、「窃盗」に当たらない以上、強盗致傷罪は成立しない。

(2)よって、傷害罪(204条)が成立するにとどまる。

第4 罪数

1 甲の罪責について

 甲には、①傷害罪、②器物損壊罪、③傷害罪が成立する。これらはすべて併合罪(45条前段)となる。

2 乙の罪責について

 乙には、①傷害罪、②窃盗罪、③強盗致傷罪が成立する。②は③に吸収されて一罪となり、これと①は併合罪(45条前段)となる。

参考判例

・最判昭和41・4・8刑集20巻4号207頁

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