はじめに
司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、私が受験生時代に作成した答案例を公開しています。
今回の第8問は、「トランク監禁の悲劇」と題された問題で、刑法における法的因果関係が主要な論点となっています。この問題では、被害者が死亡に至った原因を特定し、行為の危険性が結果へと現実化したかを評価すべきかが問われます。因果関係の問題は刑法理論の中でも受験生が苦戦しやすい分野であり、慎重かつ論理的な検討が必要です。
私が受験生だった頃、この問題を通じて因果関係に関する多くの判例や理論に触れ、それをどのように事案へ具体化するかを学びました。今回の答案例は、因果関係の論点を整理しながら具体的な書き方を示していますので、ぜひ参考にしてください。
この記事が、司法試験の答案作成力向上の助けとなれば幸いです。学習の一環として役立ててみてください!
答案例
第1 甲と乙の罪責
1 甲がAの顔面を手拳で数回殴打した行為について
(1)甲は、不法な有形力の行使をしているから、「暴行」にあたり、暴行罪(208条)が成立する。
(2)乙は殴打行為を行なっていないところ、暴行罪の共同正犯(60条、208条)が成立するか。
ア 共同正犯が認められる根拠は、他人の行為を利用して、結果発生に心理的・物理的因果性を及ぼす点にある。そこで、共謀、共謀に基づく実行行為が認められるときに共同正犯が成立する。
(ア)共謀とは、犯罪の共同遂行に関する合意をいい、犯罪の中核部分に意思連絡があればよい。乙は、甲に依頼されてAを呼び出す際に、Aが素直に借金を返さなければ、ひょっとすると甲が手荒なことをするかもしれないとは思ったが、甲とAとの間のもめ事について利害関係はなかったので、それ以上深く考えることをせず、甲が車内でAを殴打した際にも見て見ぬ振りをしていただけであった。そのため、甲と乙の間に犯罪の意思連絡はないから、共謀は認められない。
(イ)よって、共同正犯は成立しない。
イ 暴行罪の幇助犯(62条1項、208条)は成立するか。
「幇助」とは、実行行為以外の方法で正犯の実行行為を容易にすることをいう。
運転手の乙が殴打行為を止めることは物理的には容易ではない。また、Aは、甲の借金を返済させるために呼び出しているから、甲が見て見ぬ振りをすることとの間に心理的因果性は認められない。したがって、犯行を容易にしたとはいえないから、「幇助」にあたらない。
ウ よって、甲の暴行について、乙は罪責を負わない。
2 Aを車のトランクに押し込み、車道に停車させた行為について、監禁致死罪(221条)が成立するか。
(1)乙は、Aが車から逃げ出す直前ころには、Aの態度が不誠実であると感じたことなどから、甲に協力しようという気持ちになり、甲と一緒にAを追跡した。この時点で、Aを乙車のトランクに監禁することについての黙示の意思連絡があるから、共謀が認められる。
(2)「監禁」とは、場所的移動の自由を奪うことをいう。Aは、トランク内から鍵を開けることはできないから脱出が不可能である。そのため、車に押し込まれ、車道に停車中の間、乙の車から安全な場所に移動する自由が継続的に奪われている。
したがって、「監禁」に当たる。
(3)Aは「死亡」しているが、監禁行為との間の因果関係は認められるか。
因果関係は、偶然的結果を排除して適正な帰責範囲を確定する法的判断である。因果関係は、客観的に存在する全ての事情を基礎として、行為の危険が結果に実現化したといえるときに認められる。
ア 丙車の追突と脳死との間の因果関係
本件では、丙車が乙車のほぼ真後ろから時速60キロメートル近くの速度でその後部に追突したことによって、トランク内に押し込まれていたAは、頭部挫傷の傷害を負った。そのため、丙車の追突が脳死状態に陥った直接の原因である。
しかし、トランク内は、人が乗ることが想定して設計されていないから、座席に比べて安全性が保証されていない。また、トランク内に人がいるにもかかわらず、車道に停車させることは、後続の車が突っ込む危険がある行為であるから、危険な行為といえる。そして、乙が停車させた場所は、幅員7.5メートルの片側1車線の大きな道路であるから、車が通ることは当然である。さらに、午前3時頃は、暗いから自動車事故が起こるおそれを否定できない。そのため、監禁行為自体が危険な行為といえる。
そうすると、丙車が追突することは異常性が小さく、監禁行為が頭部挫傷の傷害を誘発したといえるから、監禁行為の危険が頭部挫傷の傷害による脳死状態の結果に現実化したといえる。
イ 人工呼吸器取り外しと死亡結果との間の因果関係
Aは、令和2年3月6日午前4時36分、脳挫傷により脳死状態に陥っており、3月10日午後7時に第1回目の脳死判定がされ、次いで3月11日午後7時35分に第2回目の脳死判定がなされ、脳死判定が確定した。その後、人工呼吸器が取り外され、3月12日午後6時ころ、Aの心臓停止が確認された。人の死は、心拍停止、呼吸停止、瞳孔反射の喪失の3点から認められる(三徴候説)。そのため、Aの直接の死因は、人工呼吸器の取り外しである。脳死の患者の人工呼吸器を取り外す行為は、被害者の家族の承諾があれば選択し得る行為であるから、異常性が低く、介在事情の寄与度は小さい。
ウ したがって、監禁行為の危険が死亡結果に実現したといえるから、因果関係が認められる。
(4)よって、甲と乙には、監禁致死罪(221条)が成立する。
3 甲の罪責について、暴行罪と、監禁致死罪が成立し、併合罪(45条前段)となる。乙には、監禁致死罪が成立し、罪責を負う。
第2 丙の罪責
1 乙車の後部に追突した行為について、過失運転致死罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(以下「自動車運転死傷行為等処罰法」という。)5条)が成立するか。
(1)「必要な注意を怠」るとは、過失をいい、過失とは予見可能性を前提とする結果回避義務違反をいう。
乙が停車させていた場所は、車道であるから、事故を防ぐためあらゆる事象に注意をして運転する義務がある(道交法70条)。そのため、車道に車が停車していることは運転していれば当然に気が付くことである。また、乙車が停止していたのは幅員7.5メートル、片側一車線でほぼ直進の見通しの良い道路であったから、予見可能性があるとも思われる。
もっとも、Aの死亡結果は、Aがトランク内にいるために起こったことである。そのため、トランク内にいるAを死傷させることを予見できないとも思われる。
しかし、丙は、前方車両の座席に乗車している人の予見可能である。そのため、人が死亡することを予見できたといえる以上、Aがトランクにいたとしても構成要件の範囲内で一致するため、予見可能性がある。
丙は、前方を注視して運転する義務を負う。それにもかかわらず、前方不注意のために、停車していた乙車に至近距離に至るまで気づかず、乙車のほぼ真後ろから時速60キロメートル近くの速度でその後部に追突した。そのため、結果回避義務違反が認められるから、過失があり、「必要な注意を怠」ったといえる。
(2)Aは、「死亡」している。上記過失行為によってAは脳死状態に陥っている。人工呼吸器の取り外しという介在事情があるが、第1の2(3)イで検討の通り、因果関係が認められる。
2 よって、過失運転致死罪(自動車運転死傷行為等処罰法法5条)が成立する。
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