はじめに
司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
このサイトでは、井田良ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、私が受験生時代に作成した答案例を公開しています。
今回の事例6は、「カネ・カネ・キンコ」と題された問題で、刑法における強盗罪の成立要件や間接正犯の成否が中心的な論点となっています。他人の行為を利用する間接正犯について、どのような場合に成立し得るのか、また強盗罪における暴行・脅迫の法的評価をどのように検討するべきかが重要なポイントです。
私が受験生だった頃、この問題に取り組む中で、間接正犯の理論を具体的事案に落とし込む難しさを痛感しました。今回の答案例では、論点を分かりやすく整理し、答案の具体例を提示していますので、ご自身の学習や答案作成の参考にしてください。
この記事が、司法試験合格に向けた一助となれば幸いです。ぜひご活用ください!
答案例
第1 乙の罪責
1 B店の店内に入って人気アダルトビデオ3点を万引きした行為について建造物侵入罪(130条前段)と窃盗罪(235条)が成立する。
2 エアーガンを突きつけ「カネ・カネ・キンコ」と3回繰り返した行為について強盗罪(236条1項)が成立するか。
(1)強盗罪における「脅迫」は、反抗抑圧に足りる程度の害悪の告知であることを要する。心理的・物理的に財物の奪取行為に対する抵抗ができなくなったと客観的に認められるときには、反抗抑圧に足りる程度といえる。
乙は、エアーガンを突きつけているところ、D子は、エアーガンが本物の拳銃であると誤信し、また、乙の様子が鬼気迫るものであったことから抵抗の意思をなくしている。そのため、金を出さなければ発砲されるとの心理状態に陥ったといえる。また、乙は、目だし帽をかぶり、片言の日本語をしゃべっている。また、時間は午後10時であり、店長のD子しかいなかったから、一人で抵抗するのは物理的に困難である。したがって、D子の反抗が抑圧されたといえるから、「脅迫」にあたる。
(2)「強取」とは、暴行又は脅迫を手段として他人の財物を自己に移転させることをいうところ、D子は、乙の脅迫に基づき店の金庫から有り金すべてである35万円を手渡しており、「強取」といえる。
(3)乙は、上記事実を認識認容しているから、故意(38条1項本文)が認められる。
(4)乙は、35万を奪取し、これを使う意思があるから、不法領得の意思が認められる。
(5)よって、強盗罪(236条1項)が成立する。
3 D子の着衣を脱がせた上、性交に及んだ行為について強制性交罪(177条)が成立するか。
「暴行」とは、反抗を著しく困難ならしめる程度の有形力の行使をいうところ、乙は、恐怖心により放心状態でいるD子の着衣を脱がせているから、「暴行」にあたる。
したがって、強制性交罪(177条)が成立する。上述のとおり、強盗罪が成立するから、強盗・強制性交罪(241条1項)に吸収される。
4 エアーガンをE男の身体中心部を目がけて発射した行為について強盗致傷罪(240条前段)が成立するか、
上述のとおり、強盗・強制性交罪が成立する。これは、強盗致傷罪よりも法定刑が重いから、法条競合となる。したがって、強盗致傷罪は成立しない。
5 現金2万円の入った財布を奪った行為ついて強盗罪(236条1項)が成立するか。
(1)乙は、エアーガンを発射した行為の後にE男のポケットに厚みのある財布が入っているのを目にし、財布を奪った。
強盗罪は、被害者の反抗抑圧に足りる暴行又は脅迫を手段として財物を奪取する犯罪であるから、暴行又は脅迫は財物奪取の手段として行われることが必要である。
もっとも、財物奪取の意思が生じた後に新たな暴行又は脅迫が行われたときは、強取といえる。その際の暴行又は脅迫は既に反抗抑圧されたものに対するものであるから、心理的恐怖心又は物理的拘束を維持・強化させるものであれば足りる。
Eは、エアーガンの発射のショックですでにその場に仰向けに倒れている。そして、乙は、睨みつけながら「文句はないな」と申し向けているから、乙の心理的恐怖心を維持・強化させるものといえる。
したがって、「強取」にあたる。
(2)乙は、上記事実を認識認容しているから、故意(38条1項本文)が認められる。
(3)よって、強盗罪(236条1項)が成立する。
6 乙には、①建造物侵入罪、②窃盗罪、③Dに対する強盗・強制性交罪、④Eに対する強盗罪が成立する。①と②は手段と結果の関係にあるから牽連犯(54条1項後段)となる。その他は別個の行為であるから、併合罪(45条前段)となる。
第2 甲の罪責
1 乙が35万円を強取し、D子を性交した行為についての強盗・強制性交罪の共同正犯(60条、241条1項)が成立するか。
(1)甲は、自ら強盗行為を行ってはいないが、乙を利用して強盗を実現している。そこで、強盗罪の間接正犯が成立しないか。
正犯とは、自ら犯罪を実行したものをいうところ、他人をあたかも道具にように利用して犯罪を実現することは、犯罪を自ら実行をしたものと評価できる。
そこで、①被利用者を一方的に利用・支配して特定の犯罪を自ら実現する意思(正犯意思)があり、②被利用者の行為を一方的に利用・支配して結果発生の現実的危険性を生じさせたときに認められる。
ア 甲は、乙を利用して金儲けをしようと考えており、正犯意思は認められる。
イ たしかに、乙は、甲の見た目の強さ、エピソードなどを聞き、甲が人の命を何とも思っていない人間であると確信し、畏怖していたといえる。しかし、乙は、甲とは出会ったばかりであり、乙が甲の指示命令に逆らうことができないとは必ずしもいえない。また、甲は強盗を命じているが、強盗は自ら考えて行動することが求められる複雑な犯罪であるところ、乙は、自らの判断でシャッターを下ろすなど、強盗を達成するために臨機応変な行動をしている。そうすると、甲は、乙を一方的に利用・支配しているとはいえない。
ウ したがって、間接正犯は成立しない。
(2)甲には強盗罪の共同正犯(60条、236条1項)は成立するか。
共同正犯が認められる根拠は、他人の行為を利用して、結果発生に心理的・物理的因果性を及ぼす点にある。そこで、共謀、正犯性、共謀に基づく実行行為が認められるときに共同正犯が成立する。
ア 共謀とは、犯罪の共同遂行に関する合意をいい、犯罪の中核部分に意思連絡があればよい。甲は、C店に入り強盗をするよう指示を出し、乙はこれを了承している。したがって、C店での強盗についての意思連絡があるから、共謀が認められる。
イ 甲は、金儲けをすることを図って、主体となって指示を出している。また、エアーガンと目だし帽といった犯罪の実行に役立つ道具の準備を請け負っているから、犯行への寄与度が大きい。さらに、C店から35万円を奪ったところ、甲はその大部分である32万円を手にしていることからも、乙に大部分の利益が帰属する。したがって、正犯性が認められる。
ウ 乙は、共謀に基づいてC店に対する強盗を行っているから、共謀に基づく実行行為が認められる。もっとも、強制性交について甲は認識認容していない。そこで、共犯間の錯誤が問題となる。
犯罪事実は構成要件として類型化されているから、認識していた事実と発生した事実が構成要件の範囲内で重なり合う限度で故意が認められる。
そこで、共同正犯においては、構成要件の重なり合う限度で共同正犯が成立し、重い故意をもつ者には重い罪の単独正犯が成立する(やわらかい部分的犯罪共同説)。
よって、乙には強盗致傷罪の限度で共同正犯が成立する(60条、240条前段)。
2 甲にはEに対する強盗罪の共同正犯(60条、240条前段)が成立するか。
甲と乙は、C店に対する強盗をすることを共謀していたので、Eに対する強盗は客体が異なる。したがって、共謀に基づく実行行為とはいえない。
よって、強盗罪の共同正犯は成立しない。
3 甲には、Dに対する強盗罪の共同正犯が成立し、罪責を負う。
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