はじめに
司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
このサイトでは、井田良編ほか『刑法事例演習教材[第3版]』(有斐閣、2020年)に収録されている全52問について、私が受験生時代に作成した答案例を公開しています。
今回は第5問「ピカソ窃取計画」です。事後強盗罪の成否と共謀の評価が主要な論点となっています。
私自身も受験生時代、このテーマに取り組む中で、刑法における共謀関係の評価や、それが個々の犯罪成立にどのような影響を及ぼすかを学びました。今回の答案例は、そうした論点を丁寧に整理したものになっていますので、具体的な参考資料としてご活用ください。
この記事が、司法試験合格に向けた学習の助けとなれば幸いです。ぜひ参考にしてみてください!
答案例
第1 倉庫の塀を跳び越えて敷地内に侵入した行為について甲と乙に建造物侵入罪(130条前段)が成立するか。
1 甲と乙はいまだに倉庫には入っていないが、塀を跳び越えている。そのため、倉庫の囲繞地に立入ったといえるから、「建造物」にあたる。
2 「侵入」とは、管理権者の合理的意思に反する立ち入りをいう。甲と乙は窃盗の目的で倉庫の囲繞地に立ち入っているから、管理権者の意思に反する。したがって、「侵入」といえる。
3 よって、建造物侵入罪(130条前段)が成立する。
第2 甲がCに対して威嚇射撃をした行為について
1 甲に強盗致傷罪(240条前段)が成立するか。
(1)甲に事後強盗罪(238条)が成立すれば、「強盗」として論じられる。
ア 甲は、「窃盗」にあたるか。
事後強盗罪の主体たる「窃盗」にあたるためには、少なくとも窃盗未遂罪(243条、235条)が成立している必要がある。
そこで、実行の着手(43条本文)の有無が問題となる。
未遂犯の処罰根拠は、既遂結果に至る客観的危険性を発生させる点にある。そのため、結果発生の現実的危険性が認められる時点に実行の着手を認めるべきである。
そこで、「実行の着手」は問題とされている行為が構成要件該当行為に密接し、既遂に至る客観的危険性が発生した時点で認められる。
甲は、倉庫の入り口のドアをバールで壊そうとしている。倉庫は、物の保管をするための場所であるから、倉庫の入り口を壊そうとする時点で財物奪取の危険性が認められる。
したがって、窃盗罪の実行の着手が認められる。
イ 甲は、逮捕を免れる目的で、威嚇射撃を行っている。事後強盗罪を「強盗」として論じるためには、強盗と同視できることが必要であるから、暴行又は脅迫の程度は反抗抑圧に足りる程度であることを要する。
威嚇射撃は、「近づくと撃つぞ」と叫んで、空に向けてされている。そのため、拳銃に実弾が入っていることが明らかであり、拳銃は人を殺せるほどの力を持っている。それを持っていることは、Cの行動を萎縮させるといえる。したがって、Cの反抗抑圧に足りる程度の脅迫といえる。
ウ 上記の脅迫は、窃盗の機会に行われているといえる。
エ よって、甲には事後強盗罪(238条)が成立するから、「強盗」にあたる。
(2)Cは、腕を擦りむいて全治7日間の「負傷」を負っている。
(3)丙は、甲の威嚇射撃によって、傷害を負っているから、強盗の機会といえる。
(4)よって、強盗致傷罪(240条前段)が成立する。
2 乙に強盗致傷罪の共同正犯(60条、240条前段)が成立するか。
(1)共同正犯が認められる根拠は、他人の行為を利用して、結果発生に心理的・物理的因果性を及ぼす点にある。そこで、共謀、正犯性、共謀に基づく実行行為が認められるときに共同正犯が成立する。
ア 共謀とは、犯罪の共同遂行に関する合意をいう。犯罪の中核部分に意思連絡があればよい。甲は、乙に対して、A社の倉庫に忍び込んで絵画を盗み出す計画を打ち明けて協力を求めた。乙は計画に加わることを了承している。そのため、A社の倉庫内に忍び込んで絵画を盗み出すことについての意思連絡があるから、共謀が認められる。
イ 倉庫の外で見張りをし、甲が持ち出した絵画を車に積み込むのを手伝う役割を持っている。そのため、乙の役割は、甲の犯行を心理的・物理的に促進するものといえるから、重要な役割といえる。また、乙は、金に困っており、盗んで得た絵画を売って得た金の30パーセントを分け前としてもらうことを約束している。そのため、犯行の動機がある。したがって、乙に正犯性が認められる。
ウ 甲は、共謀に基づき倉庫内に立入ろうとしている。もっとも、甲は、共謀において予定されていなかった威嚇射撃を行っているから、共謀の射程が及ぶかが問題となる。
共同正犯の根拠は、結果発生への因果的影響であるから、当初の共謀と実質的には同一の犯行といえるときには共謀の射程が及ぶ。
本件は、倉庫に忍び込んで絵画を盗み出す窃盗であり、発見されて逮捕を免れるために暴行又は脅迫を行うという事態は想定される。そのため、窃盗を行う上であり得る行為といえるから、実質的には同一の犯行といえる。したがって、共謀の射程が及ぶ。
エ よって、乙には共同正犯が成立する。
(2)乙は、相手に暴行をふるうことは仕方がないと思っていたが、甲が拳銃を用意していると思っていなかった。そのため、強盗致傷罪の故意(38条1項本文)が問題となる。
乙は、素手による暴行又は脅迫は予想していたから、強盗罪に該当する事実を認識認容していたといえるため、強盗の故意が認められる。拳銃による暴行又は脅迫も同一の構成要件内の行為であるから、素手による暴行又は脅迫を認識していた以上、故意が認められる。
なお、強盗致傷罪は、強盗の結果的加重犯であるから、致傷結果の故意は不要である。
(3)よって、強盗致傷罪の共同正犯(60条、240条前段)が成立する。
第3 罪数
1 甲は、建造物侵入罪と強盗致傷罪が成立し、牽連犯(54条1項後段)となる。
2 乙は、建造物侵入罪と強盗致傷罪の共同正犯が成立し、牽連犯(54条1項後段)となる。
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